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[ 第9話 ]

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2057年:初瀬野教授
 
      
 −がらがらがら−
 
 入口の引戸が開いて一人の男性をまねきいれる。
 
 きれいな白髪だ。 銀髪といってもいい。
 
 顔の下半分も白くおおわれているが、それほど長い髭ではない。
 
 もう少し若ければロマンスグレーでとおるだろう。
 やまのは
 その紳士を山端教授が迎える。
 
 「お、ようやく来たな。」
うち 
 「家からここまでどれだけあると思ってるんだ?」
 
 「歩いて4時間ぐらいか。」
 
 「そんなに歩けるか。 スクーターだよ。」
 
 小回りのきかないクルマが敬遠されるようになって久しい。
 
 「それで? 今日は何なんだ?」
 
 「うん、これだよ。」
 
 山端教授が自分の後ろにある装置を指し示す。
 
 三基の調整槽はいずれも稼動しており、槽内は濁っていて見とおせない。
 
 それもグレーと茶のマーブルに所々鮮やかな色があり、何色とも表現できない。
 
 そして初瀬野教授も至極当然の質問をする。
 
 「こりゃなんだ?」
 
 「まぁ見ただけじゃわからんだろうな。」
 
 咳払いなんぞしてから声高に言う。
 
 「これがA7だ。 もっともまだ調整中だが。」
 
 「ほぉ、これがそうなのか。」
 
 で、やっぱり当然の質問をする。
 
 「中はどうなってるんだ?」
 
 「う・・・・・」
 
 「? どうした?」
 
 言葉をためらっていた山端教授が初瀬野教授を真顔で見据えて言う。
 
 「おまえ、人体模型って見たことあるか?」
 
 「.....。」
 
 初瀬野教授も真顔で見返す。
 
 「.....。」
 
 そこには気まずい雰囲気が漂っていた。
 
 
 「ま、まぁ、あと半年もすれば覚醒するから...。
A7M1
いや、その前にアルファに会わせてやろう。
おまえも絶対驚くぞ。」
 
 「それもA7なのか?」
 
 「今のとこ唯一のな。」
 
 「あぁ、一年前に来た時に会えなかった子か。」
 
 初瀬野教授は、教育が終わりそうだというのでM1に会いに来たことがあるが、
 その時は彼女が研究所にいなくて会うことはできなかった。
 
 「そうそう、あの時はタイミングが悪かったな。
おまえもふらふらしててほとんどこっちにいないしな。」
 
 「わしの場合、ふらふらするのも研究のうちなんだよ。」
 
 憤慨してそう言うが、民俗学者というのがふらふらするものなのかは定かではない。
 
 「!」
 
 初瀬野教授が何か思い出したようだ。
 
 「まてよ、アルファ? ひょっとして柊館にいるか?」
 
 「そうだが、知ってるのか?」
 
 「そうか、あの娘がなぁ。こりゃ驚きだ。」
 
 山端教授の言葉には応えずに、いきなり回想モードに入っていた。
 

 
 昨年の暮れ。柊館。夕刻。
 
 玄関の飾り扉をあけて初瀬野教授が入ってくる。
 
 「ごめんください。」
 
 訪問の合い言葉を言うが、左右に伸びる廊下には人の気配がない。
 
 もう一度声をかけようかと思ったとき。
 
 「はーい。ちょっと待ってくださいねー。」
 
 左手奥から女性の声だ。
 
 耳を澄ませると、かすかに油の撥ねる音がする。
 A7M1
 仕方なくそのまま待っていると、ほどなくして小走りにアルファが現れる。
 
 「すみません、お待たせしちゃって。」
 
 なんとエプロン姿だ。
 
 前に会ったことのある住人だろうと思っていた初瀬野教授も少し驚いたようだ。
 
 「おぉ、新しい住人さんかな?」
 
 「えぇ、そんなようなものです。」
 
 アルファが微笑んで応える。
 
 「私は柊先生に師事していた者で、初瀬野といいます。」
 
 「アルファと申します。」
 
 互いにお辞儀。
 
 この時代、横文字の名前も珍しくはない。
 
 「先生がせっていると聞きましてね。」
 かきようかん
 そう言って柿羊羹を見せる。
 
 「あ、先生の大好物ですね。」
 
 しかし、顔を曇らせて続ける。
 
 「でも、ついさっき眠られたところなんです。申し訳ありませんけど。」
 
 「ありゃ、そうですか。
う〜ん、残念だけど、しかたがないな。
じゃぁよろしく伝えてください。」
 
 差し出された羊羹を受け取りながらもアルファが引き止める。
 
 「あの、もし時間があるようでしたら上がっていかれませんか?
8時にはお薬の時間で起こすように言われてますし。」
 
 あと2時間ほどだ。
 
 「ん、どうするかな。」
 
 「あっ、御夕飯なんていかがです?
今日はみんな遅くて私だけなんですよ。
ご一緒していただければ、私もうれしいです。」
 
 ニッコリこう言われて断れるわけもない。
 
 「それじゃ御馳走になろうかな。」
 
 「ええ。どうぞ。」
 
 そうしてダイニングまで案内される。
 
 「あ、なんだか強引にお誘いしちゃいましたけど、お家のほうとか...?」
 
 「いやぁ、家には息子がいるだけで、私が帰らなきゃ勝手にやりますよ。」
 
 「そうなんですか、よかった。
じゃ、もうちょっと待っててくださいね。」
 
 教授に椅子をすすめて、アルファがキッチンに消える。
 

 
 『それで出てきた料理がうまかったんだよ。
天婦羅もよかったが、お袋さんに習ったとかいう里芋がまたわし好みで。
それに柊先生の世話もかいがいしくやっていたっけな。
見舞いにかこつけて楽しい時間を過ごせたのも彼女のおかげかもしれん。
そういえば彼女がA7だなんて話題は出なかったな。
普通しそうなもんなのに。
それだけ彼女が解け込んでいたっていうことか。
うんうん...。』
 
 回想モード終わり。
 
 「おーい。」
 
 山端教授が半分あきらめ顔で呼んでいる。
 
 「おぉ、なんだ?」
 
 我に返った初瀬野教授がとぼけて聞く。
 
 「アルファと会ったことがあるのかって聞いていたんだよ。」
 
 ずいぶん平坦な声で言う。疲れているのかもしれない。
 
 「あぁ、会ったよ。年末に柊さんを見舞ったときにな。」
 
 「やっぱりそうか。」
 
 「
柊さん 
あの人の訃報も彼女からもらったし、まぁわしは葬儀には出れなかったが、
いろいろとしてくれたそうじゃないか。」
 
 「あぁ、結構たいへんだったらしいがな。」
 むすめ
 「いい娘さんじゃないか。あのがA7なら何も問題はないと思うがな。」
 
 「うん、アルファに関しては俺も言うことはないよ。とてもいい子に育ってくれたと思っている。
だけどな、それはつきっきりで手塩にかけて育ててきたからなんじゃないかとも思うんだ。」
 奥さん
 「細君が随分奮闘したんだって?」
 
 「そう、初めは計画の立案と実践管理だけさせるつもりが、いつの間にやら本人が先生の状態でね。
実は今日おまえさんを呼んだのもそれについてなんだ。」
 
 「?」
 
 「だからな、この先量産体制になったときにもそんなマンツーマンで教育するわけにはいかんだろう。
それで今調整中の三人には、量産に適した教育体制を模索する意味でもいろいろ試したいんだよ。」
 
 「? 話が見えんぞ。」
 研究所
 「簡単に言うとだな、三人のうちの一人をここ以外で生活させたいんだ。」
 
 「うちか?」
 
 山端教授の言わんとすることを理解した初瀬野教授が半分裏返った声で驚く。
 
 「そう。」
 
 「う〜ん。」
 
 悩む初瀬野教授に追い討ちをかける。
 
 「加えて教育も頼みたい。」
 
 「なに?」
 
 「マンツーマンが量産に適さないのはわかってるんだが、
アルファを見てると、その是非を決めかねててな。
おまえのとこは代々民俗学者で、人間社会や慣習にも詳しいだろ?
それにこんなこと頼めるのはおまえしかいないんだよ。」
 
 「.....。」
 
 「どうだろう、引き受けてはもらえんかな?」
 
 「.....。」
 
 「.....。」
 
 「ひとつ条件がある。」
 
 「よし決まった!」
 
 「おいっ」
 
 「心配するな、おまえの教育方針には一切口は出さんよ。」
 
 言おうとした条件を当てられて初瀬野教授も少し驚くが、
 40年もつきあっていればそんなものであろう。
 
 「どんな風に育つか不安じゃないのか?」
 お ま え を 信 頼 し て る よ。
 「なに、おれは可能性を見たいんだからかまわんさ。
 
 「しょうがないな。」
 
 ようやく初瀬野教授も折れたようだ。
 
 「で、具体的にはどうすればいいんだ?」
 
 「この子達が目覚めるのはたぶん11月だ。それまでは教育の計画を考えるくらいかな。」
 
 「それが重要なんじゃないのか?」
 
 「まぁ、そうだがアルファのカリキュラムは見せんぞ。」
 
 「まるっきりわしに一任するわけだな。」
 
 「あぁ、そのとおりだ。よろしく頼むよ。」
 
 そう言う山端教授の言葉には真剣みがうかがえた。
 
 「なんだかわくわくしてきたよ。」
 
 「そうだろう。」
 
 そう言って二人とも笑顔を見せ合う。
 
 
 「ちなみにどの子をおまえに託そうか?」
 
 中の見えない三基の調整槽を見まわしながら言う。
 
 「どの子って言ってもなぁ。」
 
 「スペック的にはアルファとそう変わらんよ。
外見的には事情があって髪と瞳の色をかえてあるぐらいか。」
 
 「まぁ、今の段階で考えたってしょうがない。真ん中にしよう。」
 M1
 それはしくもアルファが育まれた調整槽だった。
 
 「さすがに決めるの早いな。
OK! じゃぁ覚醒するときにまた連絡するよ。 ちゃんと連絡のつくようにしておけよ。」
 
 「努力はしよう。」
 
 「...おまえもいい歳なんだし、そろそろ落ち着こうとか思うことがないのかね?」
 
 「ないな。」
 ためら
 その言葉には微塵の躊躇いも無い。
 
 「まぁいい。教育に入ればそうそう出歩けまい。
...あっ、連れて歩いたりするなよ。」
 
 「口出しはしないんじゃないのか?」
 
 そう言ってニッと笑う。
 
 「ぬっ...仕方ない。だが記録とレポートだけは定期的に出してもらうぞ。」
 
 いかにも渋々という顔で言うが、初瀬野教授はさらりと受け流す。
 
 「努力はしよう。」
 
 「.....。」
 
 やっぱりやめようかなとか思う山端教授であったが、溜息をくだけにしておいた。
 
 「はあぁ。」
 
 
 
 半年後。
 
 初瀬野教授に託されたA7は緑の髪をしていた。
 
    
 

 
     −あとがき−
 
 初瀬野教授にM2アルファの教育が依頼されるときの話です。
 でも当人はまだ生まれていないので、文中の”アルファ”はすべてアルファー室長のことです。
 室長の髪と瞳はたぶん黒かそれに近い茶色で本当に人間と見分けがつかない気がするのは私だけ?
 
 初瀬野教授の人物像を描こうと思って書いたのですが、なんだかなぁですね。
 いいかげんな人ではもちろんないんですけど。
 
 それにしても室長も初対面の人間に無防備だなぁ。(笑)
    


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