[ 第10話 ] |
お医者様には”歳だから”と言われていて覚悟はしていたつもりだったけど、 あたまでっかちの私の覚悟なんて何の役にも立たなかった。 看取ったあと涙がとまらなくて... 連絡のつくとこだけでもしなくちゃいけなかったのに私はできなくて、 住人の中でも古株のめぐみさんがやってくれた。 その後はよく憶えていない。 やらなきゃいけないことは沢山あるのに、 手につくことは何もない。 今は壁によりかかって、ぼーっと天井を見てる。 ! ノックだ。 「はい。」 ちょっと弱々しい返事をすると、めぐみさんが顔をのぞかせる。 「なぁに、まだ泣いてるの?」 そう言われて頬に手をやると、まだ濡れている。 「あ、いえ...」 「悲しいのはわかるけど、いつまでも泣いてちゃダメだよ。」 「うん。」 応える声にも力が入らない。
私は何も応えない。 「あ、先に、先生を一階の和室に移しましょうか?」 励ますように話してくれているのがわかる。 でも私は下を向いたままだ。 ! めぐみさんが私の手を取る。
そう言って顔を覗き込むめぐみさんの眼が赤いのに気がついた。 私もまだまだだな。 「えと、はい、行きます。」 笑顔はまだ作れなかったけど、そう応えて一緒に部屋を出る。 先生の寝室の手前には古びた柱時計がある。 窓の外はまだ暗いけど、もうすぐ六時。 あれから五時間しかたっていない。 んん、五時間もたったのか。 寝室に入るとすぐに先生の顔がみえる。 まるで眠っているような安らかな顔。 もう二度と眼を開けないことはわかっているけど、なんだか少し落ち着いた。
でも一階への移動がすごくタイヘン。 私は見た目よりは力があるそうだけど、それでも女の子二人だ。 他の住人さんは今はいない。 三人は帰省中で、一人は仕事で連絡も取れず明日まで帰ってこない。 和室に寝かせ終わる頃には、一月なのに汗をかいていた。 「ふぅ。あつっ」 「何かもってきますね。」 「あ、お願い。」 飲み物を用意して戻ってくると、めぐみさんが先生の横に静かに座っている。 なんだか声をかけづらい。 めぐみさんには私の何倍も想い出があるんだ。
「今ね、初めてここに来た時のこと想い出してたの。」 そう言って、私にもその話を聞かせてくれた。 めぐみさんらしいエピソード。 そうこうするうちにもう7時半。 「ごめんください。」 玄関に声。 「あ、あたしが出るわ。」 めぐみさんが”今度は私の番”とばかりに和室を出て行く。 古くからの慣わしで、故人を一人きりにすることはない。 すぐにひとりの男性が現れる。 先生の教え子さん。前に会ったことがある。 その人の挨拶も終わらないうちに、また玄関の開く音がする。 目配せしあって、めぐみさんがまた迎えに行く。 私はその人を残してキッチンへ。 お湯が沸く間にも一人みえたみたい。 先生には御家族も親類も、もうみえないけど、 今でもお付き合いのある教え子さんたちが沢山いる。 9時になって電報を打てば、みな集まるだろう。
それが今のお葬式。
最後の人を玄関まで見送って、また館が静かになった。 昔はお通夜とかいうのがあったって、先生の茶飲み友達だったおばあさんが言っていた。 でも今は、夜はその家の者だけにさせるのが普通になっている。 この館では、めぐみさんと私。 それに、帰省していた三人はお昼過ぎにそろって帰ってきた。
「御飯できたよー!」 「! はーい。」 ダイニングから顔をのぞかせためぐみさんに応えて、三人を呼びに和室へ。 部屋の中はみんなが片付けてくれていた。
元々そのつもりの私も微笑んでうなずく。
先生の横に座る。 一日忙しく動いていたせいかな。 私も随分落ち着いたと思う。 今朝は想い出すのも辛かったことが、今は自然と浮かんでくる。 そんなに長くはないけれど、ここで暮らした日々。 そして、先生の言葉。
「...先生、私、きっと答えを見つけます。」 口に出して言ってみた。 なんだか励まされたように思える。 ! 振り向くと、めぐみさんが襖のとこに立ち尽くしている。 私はちょっとはにかんで、この想い出を聞いてもらいたくなった。 |
−あとがき− 親しい人の死に直面した場合、あなたはどうするでしょうか、あるいはどうしたでしょうか。 私は幸いもう十年以上もそんな経験はありませんが、祖母の時には結構キました。 私がおばあちゃん子だったからかもしれませんね(笑)。 それはともかく、本編の時代ではきっとA7たちも少なからずそんな経験をするでしょう。 誰しもが経験することではあるのだけど、老いることのない彼女たちはその時何を思うのでしょうか。 やっぱり...。 あ、文中の「先生」ってのはすべて柊(元)教授のことです。 それと、柊先生の言葉は敢えてぼかしました。具体的には”ライフワーク”の回で示されるでしょう。 |
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