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[ 第14話 ]

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2056年:ライフワーク
 
      
 12月初頭にしてはずいぶん暖かい、風もおだやかな午後。
 
 「じゃ、いってきます。」
 
 「いってらっしゃい、気をつけてね。
先生も無理しちゃいけませんよ。」
 
 「はい。」
 
 「ほいほい。」
 
 めぐみに見送られて、柊館をあとにする。
 とこあるじ
 先月から床にせりがちだった館の主が、散歩をしたいと言い出したのだ。
 
 門のところで、車椅子を押すアルファがもう一度手をふる。
 
 「それじゃ、どこに行きましょうか。」
 
 「そうじゃな、まずは...」
 

 
 そうして3時間ほどあちこちと見てまわり、『これ以上は身体に障ります。』と言うアルファのたしなめに、
 ここでおしまいとした場所、柊館の裏山である。
 
 館はもちろん、その向こうの街並みが遠くまでよく見渡せる。
 おう
 そんな景色をいとおしげに見ている柊★1
 ★1翁:老人の尊称
 アルファも眼を細めてそばに立つ。
 
 二人とも言葉はない。
 

 
 空がもうすぐオレンジになる。
 
 風も少し冷たくなってきた。
 
 「先生、もうそろそろ。」
 
 「うん。」
 
 そう応えるが動こうとはせず、思い切ったように話し始める。
 わけ
 「アルファ君、君は自分が生まれた理由を知っているかね?」
 
 「? 基本仕様書には書いてありましたけど...」
 
 「『多人数により成り立つ社会活動の維持と文化保持への補助』...とかいうやつじゃな。」
 
 「はい。」
 
 「まぁ、人も随分減ったからの、それもあるじゃろうが、それは建前だそうじゃ。」
 
 「建前? ですか? それじゃ、ホントは...」
 
 少し口調を変えて応える。
 
 「『次の時代には、我々はいてはいけないのだろう。 だが、我々がここにいたことを憶えておいてほしい。』
...そう言うとった。」
 
 「? どういう意味です? んん、それ誰が...」
 
 柊翁の口調と言葉の内容に、何か切ないものを感じていた。
 
 「
君の御父上じゃよ。
今の人類がいずれ滅びる、いや、滅びるだと考えたんじゃろうな。」
 
 「そんな、」
 
 「まぁ、無理もない。 凄まじい時代じゃったからな。
おまえさんは知らんじゃろうが、十数年も前か。 ひどい食糧難で大勢死んだ。
それで、憎みあい、奪いあい...な。」
 
 「.....」
 
 当時を思い起こすような柊翁にアルファも言葉をためらう。
 
 「『こんな人間ならいない方がマシだ』、わしもそんな風に考えたこともあるよ。」
 
 「で、でも、私の知ってる人たちはみんないい人たちですよ!」
 
 目線を合わせるようにかがんで、かばうように言う。
 
 その仕草に少し驚きつつも、満足げに微笑んで応える。
 
 「そう、人は変わる。」
 
 アルファのあたまに手を置き、やさしくなでる。
 
 「わしは仕事柄も多くのモノを観てきた。
人々の暮らしの中には変わるべきものもあれば、変わらざるべきものもある。
実際は変わってしまうものもあるし、変わらないでいてくれるものもある。
この半年、おまえさんもよく手伝おてくれたからそのへんはわかるじゃろう。」
 
 「は、はい、なんとなく。」
 
 「ほっほっ。 まぁ、おおざっぱに言ってみんな変わってしまうんじゃがな、
時代がうつる以上それは当たり前のことじゃ。
だから”人”も変わる。
いや、変わらないでいいわけはあるまい。
ここで諦めてしまうのはどうかと思うぞ。」
 
 「そうですよね、そんな簡単にいなくなったりしませんよね。」
 
 念を押すようにそう言うが、返ってきたのは肯定ではなかった。
 
 「楽観してもおれんがの。」
 
 「んっ」
 
 「確かに、ここ数年は、いい方向に流れているようにも思える。
じゃが、この先、希望の持てん方に向かうかも知れん。」
 
 「でもそれは、まだ誰にもわからないことじゃないですか。」
 
 「
そのとおりじゃ。つづライフワーク
まぁ、世のうつりかわりを綴るのがわしの生涯の仕事と思うてきたし、行く末も見てみたいと思うちょる。
思うてはおるが、...時代を見通せるのはまだまだ先じゃろう。
わしでは答えを出せんじゃろうがな、」
 
 そこまで言ってアルファを見る。
 
 彼女もその意味するところを理解する。
 
 「そうですね。 私ならずっと見ていけるし、いつかは...」
 
 「
うむ。ふどき
その時には”風土記”の最後にちょいちょいと書いておいてくれ。
いずれ読むやつもおるじゃろう。」
 
 「ふふっ、私のライフワークですね。」
 
 「ほっほっ」
 
 そう軽く笑いあうが、やがて柊翁の顔に真剣みが戻る。
 
 アルファもそれに気づいたようだ。
 
 「.....」
 
 「のう、アルファ君。」
 
 「はい?」
 
 「わしから言い出しておいてこう言うのもなんじゃが、
さっきのおまえさんが生まれたわけも、今の話も、
この先ずっと、とらわれつづけることはないぞ。」
 
 「?」
 
 一瞬、その言葉の意味をとらえきれないようだったが、すぐに『自らの道を歩め』と理解する。
 
 「ええ、心しておきます。
でも、私は歳をとりませんし、その、どっちの目的がホントにしろ果たせると思いますよ。」
 
 「うん...、そうか。」
 
 まだ何か迷いのあるような柊翁だが、辺りには薄闇が迫ろうとしている。
 
 「さ、もう帰らないと。 寒くありませんか?」
 
 「いや、大丈夫じゃよ。」
 

 
 そうして、来た道をひき返す。
 
 大昔の舗装がまだ健在で、車椅子でもあまり苦労はない。
 
 おしゃべりをする余裕もある。
 
 
 「そういえば、ハラも減ったのう。」
 
 「御夕飯はタタキだそうですよ。 ”何の”かは聞いてませんけど。」
 
 「そりゃいい、酒がよくあうじゃろうの。」
 
 「ダメです。」
 
 「...ちょっとだけなんじゃが...」
 
 「昨日、三日分飲んじゃった人の言うことは聞けません。」
 
 医者に制限されているのだろう、アルファもなかなか厳しい。
 
 「うちのお父さんはそんなに飲まないのにな。」
 
 実は奥さんに見張られているから、とは知らぬアルファである。
 
 
 「...でも、お父さんがそんな風に考えてたなんて...」
 
 ホントの目的のことか。
 
 「まったくじゃ。 人々の滅びを見続けさせるために、おまえさんを生み出すとは、ひどい人物じゃの。」
 
 「!? そんなことないですよ!
この世界をホントにうれいて、でも大好きだから次の時代にも伝えて欲しいって、」
 
 柊翁とて、酒の恨みでそう言ったのだが、アルファはすごい剣幕である。
 
 「いや、すまんすまん。 そう怒るな。」
 
 そう言いながら、アルファの応えに何か感じたのか、瞳に真剣みが戻る。
 
 「アルファ君は御父上が好きかの?」
 
 「もちろん。」
 
 微塵のためらいもない。
 
 「そうか...うん。
言わん約束じゃったが、じじいに免じてもらうとしよう。」
 
 自分を納得させるようにつぶやく。
 
 「なんですか? あらたまって。」
 
 「おまえさん、さっき自分は歳をとらんと言うとったが。」
 
 「ええ。 老化は抑制されていますから。」
 すべ
 「ところがな、その抑えを取っ払う術が用意されとるそうなんじゃ。」
 かんどころ
 ここが勘所と大見得をきって言う。 が、
 
 「あ、そうなんですか。」
 
 !? なんとも拍子抜けする返事である。
 
 「な?」
 
 柊翁も驚きを隠せない。
 
 だが無理もない。
 生まれてまだ二年の、”別れ”も知らないアルファである。
 
 「そうか、君はまだ...
これは迂闊じゃった!!」
 
 頭の上に”が〜ん”を浮かべる柊翁とは対照的に、当のアルファはきょとんとしている。
 
 それでも、黙り込んでしまった老人を心配する。
 
 「先生?」
 
 老人もようやく気を持ち直す。
 
 「いや、かえってよかったかも知れんな。」
 
 「?」
 
 「今はまだよくわからんじゃろうが、いつか想い出す時が来るじゃろう。
その時には御父上をもうひとつ好きになるじゃろうて。」
 
 そう言われると、わからないながらも何かうれしさを感じるアルファである。
 
 「それからな、
いずれそいつを使いたいとも思うじゃろうが、ひとつ見極めねばならんことがある。」
 
 車椅子を止めさせる。
 
 「おまえさんは、よく見ていくことの大切さを知っておる。
そして、幾世紀もかけねばわからん事もあるじゃろう、それはおまえさんにしかできんことじゃ。
じゃがな、限りあればこそ見つけられるものもある。わしの経験から言ってもの。
どちらがおまえさんにとって大切か、」
 
 アルファを正面から見る。
 
 「さっきもうたように、とらわれることなく、自分で決めなさい。」
 
 「...はい。」
 
 理解したわけではないが、未だ見ぬ自分がそう応えさせていた。
 
 柊翁も最後の教え子に、いつか来る姿を見ていたのかもしれない。
 
 
 「さ、行こうかの。」
 
 「あ、はい。」
 
 再び歩き始める。
 
 「
 きょうだい
そうじゃ、おまえさんにも弟妹が大勢生まれてくるじゃろう。
この事が知らされるかはわからんが、長女として導いてやることも必要かも知れんな。」
 
 「はあ。」
 
 やっぱりよくわかっていない。
 
 「なんじゃな、そっちの方がおまえさんのライフワークになりそうじゃのう。」
 
 「そ、そうなんですか?」
 
 「ほっほっほっ」
 
 いまひとつ納得がいかないふうに首をかしげるアルファと、
 そんな彼女の行く末を楽しみにする館の主であった。
 

 
 そして。
 
 一月後、アルファはこの意味を初めて知ることになる。
    
 

 
     −あとがき−
 
 シャレにならない話、第二段かもしれない。
 
 第10話で広げた風呂敷をたたむつもりで書き始めたのに、よけい大きな風呂敷広げちまったような気が。
 
 だって、どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどーしても、
 エイエンの哀しみを取り払える”可能性”を残しておきたかったんだもの。
 
 物語的には、このあと第10話で、初めての”別れ”を経験するアルファが、この意味に気づいて答えを探しはじめます。
 でも、逃げ道にならないよう、うんと考えて欲しいですね。 そんなやわな彼女じゃないし。
 それから、この波紋は山端夫妻や初瀬野家にもおよんだりします。(いいのか?)
 
 にしても今回は悩みましたね。『SS1話になんでこんな悩まにゃならん!』とか自分で笑っちゃうほど(笑)。
 本編とはたぶん最も異なる(かもしれない)ポイントなだけに訝しむ方もみえるでしょうが、
 そこはそれ、”アウトサイド”ってことで。
    


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