[ 第14話 ] |
12月初頭にしてはずいぶん暖かい、風もおだやかな午後。 「じゃ、いってきます。」
「はい。」 「ほいほい。」 めぐみに見送られて、柊館をあとにする。
門のところで、車椅子を押すアルファがもう一度手をふる。 「それじゃ、どこに行きましょうか。」 「そうじゃな、まずは...」 そうして3時間ほどあちこちと見てまわり、『これ以上は身体に障ります。』と言うアルファのたしなめに、 ここでおしまいとした場所、柊館の裏山である。 館はもちろん、その向こうの街並みが遠くまでよく見渡せる。
★1翁:老人の尊称
アルファも眼を細めてそばに立つ。二人とも言葉はない。 空がもうすぐオレンジになる。 風も少し冷たくなってきた。 「先生、もうそろそろ。」 「うん。」 そう応えるが動こうとはせず、思い切ったように話し始める。
「? 基本仕様書には書いてありましたけど...」 「『多人数により成り立つ社会活動の維持と文化保持への補助』...とかいうやつじゃな。」 「はい。」 「まぁ、人も随分減ったからの、それもあるじゃろうが、それは建前だそうじゃ。」 「建前? ですか? それじゃ、ホントは...」 少し口調を変えて応える。
「? どういう意味です? んん、それ誰が...」 柊翁の口調と言葉の内容に、何か切ないものを感じていた。
「そんな、」
「.....」 当時を思い起こすような柊翁にアルファも言葉をためらう。 「『こんな人間ならいない方がマシだ』、わしもそんな風に考えたこともあるよ。」 「で、でも、私の知ってる人たちはみんないい人たちですよ!」 目線を合わせるようにかがんで、かばうように言う。 その仕草に少し驚きつつも、満足げに微笑んで応える。 「そう、人は変わる。」 アルファのあたまに手を置き、やさしくなでる。
「は、はい、なんとなく。」
「そうですよね、そんな簡単にいなくなったりしませんよね。」 念を押すようにそう言うが、返ってきたのは肯定ではなかった。 「楽観してもおれんがの。」 「んっ」
「でもそれは、まだ誰にもわからないことじゃないですか。」
そこまで言ってアルファを見る。 彼女もその意味するところを理解する。 「そうですね。 私ならずっと見ていけるし、いつかは...」
「ふふっ、私のライフワークですね。」 「ほっほっ」 そう軽く笑いあうが、やがて柊翁の顔に真剣みが戻る。 アルファもそれに気づいたようだ。 「.....」 「のう、アルファ君。」 「はい?」
「?」 一瞬、その言葉の意味をとらえきれないようだったが、すぐに『自らの道を歩め』と理解する。
「うん...、そうか。」 まだ何か迷いのあるような柊翁だが、辺りには薄闇が迫ろうとしている。 「さ、もう帰らないと。 寒くありませんか?」 「いや、大丈夫じゃよ。」 そうして、来た道をひき返す。 大昔の舗装がまだ健在で、車椅子でもあまり苦労はない。 おしゃべりをする余裕もある。 「そういえば、ハラも減ったのう。」 「御夕飯はタタキだそうですよ。 ”何の”かは聞いてませんけど。」 「そりゃいい、酒がよくあうじゃろうの。」 「ダメです。」 「...ちょっとだけなんじゃが...」 「昨日、三日分飲んじゃった人の言うことは聞けません。」 医者に制限されているのだろう、アルファもなかなか厳しい。 「うちのお父さんはそんなに飲まないのにな。」 実は奥さんに見張られているから、とは知らぬアルファである。 「...でも、お父さんがそんな風に考えてたなんて...」 ホントの目的のことか。 「まったくじゃ。 人々の滅びを見続けさせるために、おまえさんを生み出すとは、ひどい人物じゃの。」
「いや、すまんすまん。 そう怒るな。」 そう言いながら、アルファの応えに何か感じたのか、瞳に真剣みが戻る。 「アルファ君は御父上が好きかの?」 「もちろん。」 微塵のためらいもない。
自分を納得させるようにつぶやく。 「なんですか? あらたまって。」 「おまえさん、さっき自分は歳をとらんと言うとったが。」 「ええ。 老化は抑制されていますから。」
「あ、そうなんですか。」 !? なんとも拍子抜けする返事である。 「な?」 柊翁も驚きを隠せない。 だが無理もない。 生まれてまだ二年の、”別れ”も知らないアルファである。
頭の上に”が〜ん”を浮かべる柊翁とは対照的に、当のアルファはきょとんとしている。 それでも、黙り込んでしまった老人を心配する。 「先生?」 老人もようやく気を持ち直す。 「いや、かえってよかったかも知れんな。」 「?」
そう言われると、わからないながらも何かうれしさを感じるアルファである。
車椅子を止めさせる。
アルファを正面から見る。
「...はい。」 理解したわけではないが、未だ見ぬ自分がそう応えさせていた。 柊翁も最後の教え子に、いつか来る姿を見ていたのかもしれない。 「さ、行こうかの。」 「あ、はい。」 再び歩き始める。
「はあ。」 やっぱりよくわかっていない。 「なんじゃな、そっちの方がおまえさんのライフワークになりそうじゃのう。」 「そ、そうなんですか?」 「ほっほっほっ」 いまひとつ納得がいかないふうに首をかしげるアルファと、 そんな彼女の行く末を楽しみにする館の主であった。 そして。 一月後、アルファはこの意味を初めて知ることになる。 |
−あとがき− シャレにならない話、第二段かもしれない。 第10話で広げた風呂敷をたたむつもりで書き始めたのに、よけい大きな風呂敷広げちまったような気が。 だって、どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどーしても、 エイエンの哀しみを取り払える”可能性”を残しておきたかったんだもの。 物語的には、このあと第10話で、初めての”別れ”を経験するアルファが、この意味に気づいて答えを探しはじめます。 でも、逃げ道にならないよう、うんと考えて欲しいですね。 そんなやわな彼女じゃないし。 それから、この波紋は山端夫妻や初瀬野家にもおよんだりします。(いいのか?) にしても今回は悩みましたね。『SS1話になんでこんな悩まにゃならん!』とか自分で笑っちゃうほど(笑)。 本編とはたぶん最も異なる(かもしれない)ポイントなだけに訝しむ方もみえるでしょうが、 そこはそれ、”アウトサイド”ってことで。 |
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