[ 第16話・第1章 ] |
Phoenixの長い廊下。 − ガチャ! − 無造作に開けられたドアが、ちょうど前を歩いていたアルファに当たりかける。 「わっ」 「あ、ごめん!」 ドアを開けた人物も、気がついて謝る。 「なんだ、ニックじゃない。」 「あ! アル...」 名前も言えないほど慌てて、右手に持っていた紙袋を背中に隠す。 「ど、どうしてこんな所にいるんだい?」 この通路は確かに、あまり人の通るところではないが、声がいつもと違う。 「バーニィさんに頼まれて農業プラントまで行くところだけど...?」 そう応える彼女も明らかに、いぶかしんでいる。 「あ・い・つぅ」
と、心の中で恨みごとを言っていると、彼女が核心を突く。 「ね、なに持ってるの?」 「え? いや、たいしたもんじゃないよ。」 それは、普通ごまかそうとする時のセリフである。 「ふ〜ん。」 もちろん納得するはずもなく、何の部屋なのか眼を移す。 しかし、ドアには何も書かれておらず、上のプレートにも何も入っていない。 そして、半開きのままのドアからのぞこうとすると、 「さーて、君は急がなくていいのかい?」 なんて言いながら、ニックが紙袋を持ったまま後ろ手にドアを閉めようとする。 ところが、慌てていたせいでノブをつかみそこなう。 そして指はそのままドアの間に。 「イッ」 − ドサッ − 悲鳴と同時に紙袋が床に落ち、中身があらわになる。 「大丈夫?」 と、アルファも心配して近寄るが、そのモノを目にして動きが止まる。
「.....」 「あぅ」 黙り込むアルファに、左手で顔を覆うニック。 アルファがしゃがんで、一冊手に取る。 「こういう部屋なんですね。 ここ。」 「あー、まぁ、そうなんだけどね。」 「.....」 中身ごと紙袋を持って立ち上がる。 「はい。 指、大丈夫ですか?」 何でもないような顔をして、ブツをニックに渡す。 「あ、あぁ。」 ニックも受け取りながら、アルファの表情を読みとろうとするが、成功しない。 「それじゃ、急ぎますから。」 それだけ言って、そっけなく立ち去る彼女。 その後ろ姿を寂しく見送りながら、ニックも今の状況を整理する。
などと都合のいいように考えていたが、当のアルファはそれどころではなかった。 なにしろ、「男女」というものを意識したことなどなかったのだ。
つまり、さっきの彼女は、どう反応していいのか、わからなかっただけなのだ。
胸に手をあてる。 − どきどきどきどき − 深呼吸する。 − どきどきどきどきどきどきどき − 効果はないようであった。 そんな状態でも、頼まれごとはちゃんと、こなすのがアルファのいいところである。 農業区画の水や空気の循環、光量など環境をチェック。 いくつかのプラントから小麦やキャベツなどと、その用水を少量採取。 分類して密閉型のコンテナに入れる。 作業の終わる頃には、どきどきも治まってきていた。
「そう怒るな、俺もこんなうまくいくとは思ってなかったんだ。」 「おまえな!」 「まぁ、いいじゃないか、彼女にもおまえという人物をより知ってもらえてさ。」 「ほおぉ、じゃぁこのブツここに置いてってもいいか?」 ここはバイオケミカル研究室のひとつであり、バーニィの職場である。 「いいよ。 ここにゃヤローしかいないし?」 「ぅ....」 あの後、文句を言いに直行してきたが、二の句がつげないニックであった。 体中で悔しさを表現しているニックをしばらく見物してから、バーニィが切り出す。 「それより、おまえにも聞いときたいんだが、」 「あん? なんだよ?」 もちろん機嫌は悪い。 しかしあえて無視する。 「おまえ最近、どっか調子悪いとことかないか?」 「?」 思いきり、いぶかしんで答える。 「特に無いけど、なんだよ、いったい?」 「いやなに。 それじゃもひとつ、おまえ、ダイエットとかする気ないか?」 「ああ? オレは標準体型だぞ。 そんな必要はない。」
「誰が使うか!」 モルモットを探す声で迫るマッドサイエンティストを押し返してわめく。 バーニィが(趣味で)作るいろいろな薬品は、様々な副作用があることで知られていたりする。 ニックは、それで引くことにした。 なんだか誤魔化されたような気もしていたが、実験台にされたくはない。 ただし、研究室ドアの廊下側に、ブツの中にあった、でかいグラビアを貼っておくのを忘れなかった。 その後、この研究室付近は、女性の近づかない寂しい地域になったという。
「...っていうことがあったんです。」 アルファが、ちょっと戸惑い気味に昼間あったことを話している。
アルファくらいの歳の頃に搭乗した古株であり、彼女の善き相談相手でもある。 「そうかい、あの部屋でねぇ。」
「ええ。」 「お茶、もう一杯どうだい?」 「あ、いただきます。」 ここは明花の私室であり、船内で穫れる、お茶にできるモノはみんなそろっている。 今日は柿の葉茶。 少し渋みが強いが、いつになく喉が乾いていたアルファは一杯目を飲み干していた。 急須にお湯を注ぎながら明花が話を継ぐ。 「まぁねぇ、男なんて、だいたいそんなもんなんだけどねぇ。」 「私も、その、わかってるつもりではいたんですけど、なんだか変な感じで。」 明花は内心で結構、喜んでいた。
与えられただけの知識。
しかも急速に。
彼女が搭乗して既に8年。 もっといいきっかけがあればよかったのだろうが、 あまり変わりばえのしない船内の生活では望むべくもない。 「変な感じねぇ、『イヤ』とかじゃなくって?」 アルファの前に熱い二杯目を置きながら聞く。 「え〜っと、そんな感じもちょっとはするような...でも、...なんて言うか...」
明花もヒントだけ言ってみる。
「.....」 真剣に聞いている。 「あんたの今の気持ちはそのためにあるんだよ。」 「?」 眉根を寄せるアルファ。
言おうかどうしようかちょっと迷うが、おどけた感じで切り出す。
「?」 きょとんとするアルファ。 明花の言葉がまだ頭に入りきらないらしい。 だが、彼女のほほが、急に朱をおびてゆく。 「で、でも、あの、その、私は、えっと、」 その反応ぶりに良い傾向を感じていた明花だが、乗り越えるべき事はもうひとつあった。 「...その、私は人間じゃありませんし...」 頬を上気させたまま、ちょっとうつむいてアルファが言う。 普段はそんなこと、気にしたこともないが、今の話を考えると、どうしても気にしてしまう。 だが、明花はアルファの背中をぶっ叩いて、 「なに言ってるの、だーれもそんな風に見ちゃいないわよ!」 と、落ち込みかけた雰囲気を吹き飛ばす。
一転して優しく諭すように言う。 「みーんなひっくるめて...」 アルファも口の中で小さく繰り返す。 魔法の呪文のように。 「そ、だからね、あんたが誰かを好きになったっていいのよ。」 と言ってから、はたと気づく。
思いつきを自分で確認するように言って、言葉尻にアルファの方を見る。 「そ、そんなことないです!」 広げた両手を勢いよく振る。 「ホントかなぁ?」 ちょっと意地悪そうに、また紅くなってしまった彼女をのぞき込む。 実際、アルファもそんなことはないと思ってはいたが、どうしてこんなに動揺するのかもわからなかった。 明花も、彼女が自分の気持ちに気づいてるはずもないことはわかっていたから、それ以上はいじめない。
胸に手を当てて、ぼーっと天井を見ている彼女は、もちろん聞いちゃいなかった。 そんなアルファを見ながら、明花が思う。
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つづく |
−なかがき− アルファー室長が、えっと、その、”意識”し始めるときの話です。 このとき実年10歳。 遅れてるんだか進んでるんだか。(笑) 「つづく」とありますが、今回は長編「パートナー」の第一章でもあるんです。 物語はこのあと、彼女がアルファやココネと比べて少し年上に見えるわけとか、2080年段階で○○○○○○○○といったことに関する怒濤の展開に入っていきます。 う〜ん、文庫本1冊書けそう。 問題は、そこまで気力がもつかどうか、かな... |
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