[ 第16話・第3章 ] |
≪8年前、アルファがPhoenixに搭乗する前の冬≫ ジーンズにセーターのアルファが、ふすまを開ける。 「呼んだ?」 「ああ、そこに座りなさい。」
「?」 呼ばれた理由は思いつかないが、とりあえず二人の前に正座する。 「あー、明日また柊館に戻るそうだな。」 「ええ。 今は私が管理人だし、そう長いこと空けるわけにいかないもの。」 「向こうはもう落ち着いたかね?」 「うん。 もう一ヶ月たつしね。」 「そうか。」 「あなた!」 奥さんが小声で旦那をこづく。 「わかっとる!」 『そんな話しをするんじゃないでしょう!』と言う意味である。 「あー、おまえ、昨日母さんに、歳をとるのがどういうことか聞いたそうだが、」 「あ、...うん。」 「びっくりしたわ。 何も言わないうちに、『やっぱりいい』とか言って行っちゃうし。」 「その、だから、もういいの。」 胸の前で手のひらを振り、少し目線を落とす。 その様子に夫婦も顔を見合わせる。 「.....」 「あー、柊さんが亡くなって、いろいろ思うところもあったようだが、」 アルファ、顔を上げる。 「歳をとりたいと思うかな?」 「!」 ちょっとびっくりする。 「ええっと、その...」 考えるように黙り込むが、答えは出ていない。 「まだよくわからなくて。」 「うん、まぁそうだろうな。」 「あ、でも、目的のためには歳をとるわけにはいかないのかな。」 「? 目的?」 「うん。 私が生まれたホントの理由。」 少し上目遣いに言う。 「う、まさか柊さんに聞いたのか!?」 うなずくアルファ。 「あれはその、いや、まぁ、そう思っていた時期もあったよ、確かに。」 照れ隠しに腕を組んで答える。 「だが、今では、」 奥さんが旦那の腕に手を置く。 と、旦那も息を整える。 「今では、その目的に縛ることはないかもしれんと思っとる。」 「?」 「あなたと暮らしてるうちに、そう思うようになったんだって。」 奥さんも優しくフォローする。 「でも、」 言いかけるアルファをさえぎって旦那が続ける。 「それでな、これを渡しておこう。」 一冊のノートが机上に置かれる。 なんの変哲もないB掛けのノートである。 表紙にも何も書いていない。 「...?」
アルファがノートを手に取って開く。 「だが、そこに書いてあるようにすれば、それらを働かないようにすることができるんだよ。」 「つまり、歳をとるようになる、と。」 「そうだ。 ま、その様子だと柊さんに聞いていたようだが。」 重大発表のつもりが少し拍子抜けしてしまった感じの旦那である。 「柊先生からは手段があるとだけ聞いてたけど、これが。」 グラフや化学記号が所せましと書き込まれているページを、頬を紅潮させながら見ている。 「あ、でも、これを使えって、こと?」 ちょっと不安げに聞く。 「柊さんは他にも言ってなかったかな?」 「えと、...自分で決めなさいって。」
「いつか...」
奥さんが優しくそう付け加える。 「ま、シワが増えるということは確かだな。」 旦那が、ちらっと奥さんを見て、またよけいなことを言う。 「ま、必ずしも渋みが出るわけでもないみたいだけど。」 奥さんも負けていない。 そしてアルファは、見慣れた言い合いを演じる二親を、 『歳をとるとこうなるのかなぁ』 などと思いながら眺めていた。 「で、これがそのノートか。」 Phoenixのアルファの私室で、ニックが手にしたノートをパラパラとめくっている。 「うん。」 「う〜む、さっぱりわからん。」 「ふふ、分子生物学の知識がないと難しいかな。」 苦笑してそう言うが、ニックが妙に嬉しそうな顔をしているのに気づく。 「なんだかうれしそうね? 私が困ってるのに。」 「ああ、いや、それで、これがあのウィルスと関係してるんだな?」 内心の喜びを隠して話を進めるニックである。 「というより、そのもの。」 ノートを自分の手に取る。
「ははぁ、構想は遺伝子治療に似てるな。」
「なるほど、そういう特徴的なところが、今回のやつと似ている、と。」
「? 最近作ったんじゃないの?」 「ううん、最後のシャトルが帰還した後だから、もう二年以上前ね。」 「じゃあ、その答えとやらはもう見つかったんだ?」 「あ、ええっと、そういうわけじゃなくて...」 なんだかばつが悪そうに言葉を濁すアルファ。 「?」 「...そんなことより、やっぱり言うべきよね。」 「ん? ああ。 そのノートがあれば信じてもらえるだろう。」 「じゃ、さっそく。」 と、ノートを持ってドアに向かうが、ニックは何事か考え顔で座ったままである。 「? 一緒に行ってくれないの?」 少しだけ不安げに言う。 「あぁ、行くよ。」 そう言って立ち上がったニックの顔は、もう悩むのをやめていた。 『ま、可能性はまだあるんだしな。』 ドアにグラビアの貼ってある研究室に行くとリヒター、バーニィとミーシャがいた。 「はぁ」 アルファの話が一通り終わると、みな一様に溜息をもらす。 リヒターも椅子に深くもたれて眉間をもむ。
「はい。すみません...」 「いや、今の話からすると、今回のは君のせいじゃないよ。」 「でも、」
「.....」 それでも責任を感じずにはいられないアルファである。 「君だって、このノートのウィルスが必要だったから造ったんだろう?」 「あ、それは、...」 「ひょっとして、アタシの言ったこと気にして...?」 ミーシャがいきなり口を出す。 「ええっと、うん、まぁ。」 少し照れながらも肯定する。 「なんだ、何があったんだ、きみたちゃ?」 「ちょっとね、女の秘密。」 ミーシャがちゃかす。 ニックがアルファに眼で聞くが、アルファも肩をすくめるだけで答える気はないらしい。 「.....」 ちょっと気になる男どもだったが、
バーニィが話しを先に進める。 「そうだな、保管室の記録を調べれば変異の過程もわかるかもしれん。」 リヒターが、そう言って立ち上がる。行動は迅速に、の見本のようである。 「じゃ、早速いってみようか。」 「了解。」「はい。」 バーニィとミーシャが答える。 「今の話しは他言無用ってことでね。」 これはアルファとニックに向けたもの。 「.....」 まだふっきれないアルファは返答に困るが、 「ま、今のところはそうしとこう!」 と、ニックが声をかけて背中を押す。 二人がドアに向かって歩き始めたその時、かすかな音が聞こえる。 − gooon − 「何?」 「またデブリでもぶつかったんじゃないか?」 「なぁに、Phoenixは頑丈だから大丈夫だよ。」 研究員達は結構楽観しているようだ。 しかし、ドアを出たところでニックが、 「オレちょっと主局に行ってくるわ。」 と、少し心配げな顔で走っていってしまう。 残されたアルファは、小さくなるニックの背中に妙にヤな予感を感じていた。 |
つづく |
−なかがき(3)− 「パートナー」第三章、前回のウィルスがなんであったかが示されています。 14話を書いたときに、この16話が既に構想されていたことがバレバレですね。(笑) 既に当初の章構成からズレが生じていますが(苦笑)、物語はこの後、シャトル事故の時の災いが再び! なお、女性二人に何があったかは番外編で語られるでしょう。番外編があればだけど。 |
masterpiece@eva.hi-ho.ne.jp | BACK |