ヨコハマ買い出し紀行ロゴ(小青) アウトサイドストーリーロゴ

[ 第16話・第3章 ]
トップページへ


2065年:Be made to
 
    
 
 ≪8年前、アルファがPhoenixに搭乗する前の冬≫
 

 
 ジーンズにセーターのアルファが、ふすまを開ける。
 
 「呼んだ?」
 
 「ああ、そこに座りなさい。」
 やまのは
 部屋に入ると座敷机の向こうに山端教授が奥さんと並んで座っている。
 
 「?」
 
 呼ばれた理由は思いつかないが、とりあえず二人の前に正座する。
 
 「あー、明日また柊館に戻るそうだな。」
 
 「ええ。 今は私が管理人だし、そう長いこと空けるわけにいかないもの。」
 
 「向こうはもう落ち着いたかね?」
 
 「うん。 もう一ヶ月たつしね。」
 
 「そうか。」
 
 「あなた!」
 
 奥さんが小声で旦那をこづく。
 
 「わかっとる!」
 
 『そんな話しをするんじゃないでしょう!』と言う意味である。
 
 「あー、おまえ、昨日母さんに、歳をとるのがどういうことか聞いたそうだが、」
 
 「あ、...うん。」
 
 「びっくりしたわ。 何も言わないうちに、『やっぱりいい』とか言って行っちゃうし。」
 
 「その、だから、もういいの。」
 
 胸の前で手のひらを振り、少し目線を落とす。
 
 その様子に夫婦も顔を見合わせる。
 
 「.....」
 
 「あー、柊さんが亡くなって、いろいろ思うところもあったようだが、」
 
 アルファ、顔を上げる。
 
 「歳をとりたいと思うかな?」
 
 「!」
 
 ちょっとびっくりする。
 
 「ええっと、その...」
 
 考えるように黙り込むが、答えは出ていない。
 
 「まだよくわからなくて。」
 
 「うん、まぁそうだろうな。」
 
 「あ、でも、目的のためには歳をとるわけにはいかないのかな。」
 
 「? 目的?」
 
 「うん。 私が生まれたホントの理由。」
 
 少し上目遣いに言う。
 
 「う、まさか柊さんに聞いたのか!?」
 
 うなずくアルファ。
 
 「あれはその、いや、まぁ、そう思っていた時期もあったよ、確かに。」
 
 照れ隠しに腕を組んで答える。
 
 「だが、今では、」
 
 奥さんが旦那の腕に手を置く。
 と、旦那も息を整える。
 
 「今では、その目的に縛ることはないかもしれんと思っとる。」
 
 「?」
 
 「あなたと暮らしてるうちに、そう思うようになったんだって。」
 
 奥さんも優しくフォローする。
 
 「でも、」
 
 言いかけるアルファをさえぎって旦那が続ける。
 
 「それでな、これを渡しておこう。」
 
 一冊のノートが机上に置かれる。
 
 なんの変哲もないB掛けのノートである。
 
 表紙にも何も書いていない。
 
 「...?」
 
 「おまえたちは本来、歳をとらないようになっているが、
それは老化を抑制するための様々な機能が働いているからだ。」
 
 アルファがノートを手に取って開く。
 
 「だが、そこに書いてあるようにすれば、それらを働かないようにすることができるんだよ。」
 
 「つまり、歳をとるようになる、と。」
 
 「そうだ。 ま、その様子だと柊さんに聞いていたようだが。」
 
 重大発表のつもりが少し拍子抜けしてしまった感じの旦那である。
 
 「柊先生からは手段があるとだけ聞いてたけど、これが。」
 
 グラフや化学記号が所せましと書き込まれているページを、頬を紅潮させながら見ている。
 
 「あ、でも、これを使えって、こと?」
 
 ちょっと不安げに聞く。
 
 「柊さんは他にも言ってなかったかな?」
 
 「えと、...自分で決めなさいって。」
 
 「そう、その通りだよ。 これを使うかどうかはアルファ次第だ。
今はまだわからんだろうが、いつか、な。」
 
 「いつか...」
 
 「そうね、歳をとるということが、どういうことなのか、
自分で見つけられたときに答えを出せばいいわ。」
 
 奥さんが優しくそう付け加える。
 
 「ま、シワが増えるということは確かだな。」
 
 旦那が、ちらっと奥さんを見て、またよけいなことを言う。
 
 「怒りま、必ずしも渋みが出るわけでもないみたいだけど。」
 
 奥さんも負けていない。
 
 そしてアルファは、見慣れた言い合いを演じる二親を、
 
 『歳をとるとこうなるのかなぁ』
 
 などと思いながら眺めていた。
 


 
 「で、これがそのノートか。」
 
 Phoenixのアルファの私室で、ニックが手にしたノートをパラパラとめくっている。
 
 「うん。」
 
 「う〜む、さっぱりわからん。」
 
 「ふふ、分子生物学の知識がないと難しいかな。」
 
 苦笑してそう言うが、ニックが妙に嬉しそうな顔をしているのに気づく。
 
 「なんだかうれしそうね? 私が困ってるのに。」
 
 「ああ、いや、それで、これがあのウィルスと関係してるんだな?」
 
 内心の喜びを隠して話を進めるニックである。
 
 「というより、そのもの。」
 
 ノートを自分の手に取る。
 
 「このノートを要約すると、老化抑止機能を停止させる働きのあるウィルスを作って、
それを一年くらいかけて様子を見ながら投与して、徐々に定着させていくの。」
 
 「ははぁ、構想は遺伝子治療に似てるな。」
 
 「ええ、違うのは、使うウィルスが特別製ってことね。
基本的に一種類なのに、体中のいろんな場所で別々の配列にとりついて
書き換えることができるなんて私も見たことないもの。」
 
 「なるほど、そういう特徴的なところが、今回のやつと似ている、と。」
 
 「そう、でもホントならA7にしかない配列にとりつくはずだから、
私が作ったの、そのものじゃないとは思うけど。
もうずいぶん前のことだし、その間に何かあったのかも。」
 
 「? 最近作ったんじゃないの?」
 
 「ううん、最後のシャトルが帰還した後だから、もう二年以上前ね。」
 
 「じゃあ、その答えとやらはもう見つかったんだ?」
 
 「あ、ええっと、そういうわけじゃなくて...」
 
 なんだかばつが悪そうに言葉を濁すアルファ。
 
 「?」
 
 「...そんなことより、やっぱり言うべきよね。」
 
 「ん? ああ。 そのノートがあれば信じてもらえるだろう。」
 
 「じゃ、さっそく。」
 
 と、ノートを持ってドアに向かうが、ニックは何事か考え顔で座ったままである。
 
 「? 一緒に行ってくれないの?」
 
 少しだけ不安げに言う。
 
 「あぁ、行くよ。」
 
 そう言って立ち上がったニックの顔は、もう悩むのをやめていた。
 
 『ま、可能性はまだあるんだしな。』
 

 
 ドアにグラビアの貼ってある研究室に行くとリヒター、バーニィとミーシャがいた。
 
 「はぁ」
 
 アルファの話が一通り終わると、みな一様に溜息をもらす。
 
 リヒターも椅子に深くもたれて眉間をもむ。
 
 「そーかー、あのとき造ってたヤツか。
それで人間だけ感染しないようになってたんだな。
まぁ、人工的に作られたものだとは思っちゃいたが。」
 
 「はい。すみません...」
 
 「いや、今の話からすると、今回のは君のせいじゃないよ。」
 
 「でも、」
 
 「確かにあのウィルスは君が造ったやつを基にしてるようだが、
設備を使う許可は俺がしたんだし、保管室に入れた後はそれこそ俺達の責任だよ。」
 
 「.....」
 
 それでも責任を感じずにはいられないアルファである。
 
 「君だって、このノートのウィルスが必要だったから造ったんだろう?」
 
 「あ、それは、...」
 
 「ひょっとして、アタシの言ったこと気にして...?」
 
 ミーシャがいきなり口を出す。
 
 「ええっと、うん、まぁ。」
 
 少し照れながらも肯定する。
 
 「なんだ、何があったんだ、きみたちゃ?」
 
 「ちょっとね、女の秘密。」
 
 ミーシャがちゃかす。
 
 ニックがアルファに眼で聞くが、アルファも肩をすくめるだけで答える気はないらしい。
 
 「.....」
 
 ちょっと気になる男どもだったが、
 
 「まぁ、責任云々は後にしよう。
基がわかったんだし、カウンターの製造もずいぶん楽になる。」
 
 バーニィが話しを先に進める。
 
 「そうだな、保管室の記録を調べれば変異の過程もわかるかもしれん。」
 
 リヒターが、そう言って立ち上がる。行動は迅速に、の見本のようである。
 
 「じゃ、早速いってみようか。」
 
 「了解。」「はい。」
 
 バーニィとミーシャが答える。
 
 「今の話しは他言無用ってことでね。」
 
 これはアルファとニックに向けたもの。
 
 「.....」
 
 まだふっきれないアルファは返答に困るが、
 
 「ま、今のところはそうしとこう!」
 
 と、ニックが声をかけて背中を押す。
 
 二人がドアに向かって歩き始めたその時、かすかな音が聞こえる。
 
 − gooon
 
 「何?」
 
 「またデブリでもぶつかったんじゃないか?」
 
 「なぁに、Phoenixは頑丈だから大丈夫だよ。」
 
 研究員達は結構楽観しているようだ。
 
 しかし、ドアを出たところでニックが、
 
 「オレちょっと主局に行ってくるわ。」
 
 と、少し心配げな顔で走っていってしまう。
 
 残されたアルファは、小さくなるニックの背中に妙にヤな予感を感じていた。
 
    
 

  つづく  
 

 
     −なかがき(3)−
 
 「パートナー」第三章、前回のウィルスがなんであったかが示されています。
 
 14話を書いたときに、この16話が既に構想されていたことがバレバレですね。(笑)
 
 既に当初の章構成からズレが生じていますが(苦笑)、物語はこの後、シャトル事故の時の災いが再び!
 
 なお、女性二人に何があったかは番外編で語られるでしょう。番外編があればだけど。
    


第16話・第2章 目次 第16話・第4章

masterpiece@eva.hi-ho.ne.jp
BACK目次へ