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「ダブルキャスト」ロングストーリー
GoodEnd5 分岐路 (3) by 栄地帝
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美月は部室の仮眠用の簡易ベットで横になっていた。
かすかな寝息が聞こえる。・・・・・・僕と部長と佐久間さんはあの後、急にぐったりした彼女を思案のあげくここに運んできた。今は僕のわがままで二人きりにしてもらっている。もちろんいい顔はされなかったが、僕の心情を察した部長が特別に短時間だけ許可してくれた。二人には部室の外で待ってもらっている。
「・・・・・・」
僕は無言のまま美月の寝顔を見つめていた。・・・・・・美月。いや、・・・・・・志穂さんだっけ。
「何から話せばいいかしらね」
・・・・・・数時間前。部長の切り出しはこうだった。
「まず、僕から話しますよ」
「・・・・・・ええ、そうね。佐久間、お願い」
部長は、まだ状況の整理がついてない僕の肩にやさしく手を置くと、佐久間さんにうなずいた。
「最初に、彼女の本当の名前を教えておこう。彼女の名前は志穂。赤坂志穂だ」
「・・・・・・し・・・・・・ほ?」
「そう。廃病院で僕が落としていった写真を拾ったね?覚えてるかい?」
「・・・・・・写真?」
そういえば。確か、封筒に入っていた二枚の写真。・・・・・・どうしただろうか?
「・・・・・・忘れてました」
「そうか。何が写ってたかは覚えてる?」
「美月。彼女が・・・・・・」
「そう、彼女だ。赤坂志穂と、・・・・・・その姉の、赤坂美月さん」
「姉の・・・・・・美月?」
「うん。美月というのは彼女のお姉さんの名前なんだ」
佐久間さんは続けて僕に語って聞かせた。姉の美月さんが男に騙され、ノイローゼになったこと。そのはけ口となった志穂さんが実の姉から
受けた虐待。そして、姉の自殺。志穂の精神もバランスを崩し、心に大きな傷を残したこと。
「・・・・・・なぜ、佐久間さんがそれを知っているんですか?」
「僕と彼女・・・・・・志穂さんは、昔付き合ってたんだ」
佐久間さんと志穂さんは美月さんの異常な嫉妬によって引き裂かれたのだそうだ。男性不信に陥っていた美月さんは、男を憎悪する反面、唯一の肉親である妹の志穂さんに対して屈折した愛情を寄せていたらしい。
「・・・・・・志穂さんはお姉さんから受けていた虐待で、身も心もぼろぼろに傷ついていたはずだった。
でも美月さんが自殺した時、一人ぼっちになり、殻に閉じこもっていた志穂さんが救いを求めたのも、また・・・・・・皮肉なことに、お姉さんの面影だったんだね。
志穂さんは自分の中にもう一人の『姉さん』を作り出してしまったんだ。
・・・・・・多重人格って知ってるかい?」
「多重・・・・・・人格。・・・・・・彼女が?」
「そう。・・・・・・でも問題はそれだけじゃない。志穂さんの中の美月さんはとても危険な人格で、姉の美月さんと同じように志穂さんを溺愛していて、志穂さんが心を許した男性を襲う可能性があるらしいんだ。
・・・・・・君も心当たりがあるんじゃないか?」
「美月がやったって言うんですか?別荘で植木鉢を落としたのも、廃病院で僕を襲ったのも・・・・・・」
そう考えるとつじつまが合うのは事実だ。あの日、美月の部屋に忍びこんで、僕の頭の上に植木鉢を落とせる人物。・・・・・・美月本人なら確実にそれが可能だ。
「病院での待ち合わせに遅れたのは悪かった。君が血相変えて追っ掛けてくるんで、つい逃げちゃったりしたんだけど。・・・・・・ずっと話し合いたいと思ってたんだ。でも、遥さんに少し時間を置くように言われてね」
「部長。・・・・・・部長はいつからこの事を?」
「一週間前よ。美月ちゃんのことは、私も気になっていろいろ調べていたの。でも、佐久間みたいに昔の彼女を知っていたわけじゃないし、確証はつかめなかった。そこに、怪我をしたあんたたちが転がりこんできて・・・・・・あんたの口から、佐久間の名前が聞けたってわけ」
「いろいろ話し合った僕らは、しばらく静観することにした。・・・・・・何故だか分かるかい?」
「・・・・・・いえ」
「手掛かりは与えたつもりだったし、あとは君に託すつもりだったんだ。これは僕じゃなく、遥さんの提案だったんだけどね。別に君らを引き離すのが目的だったわけじゃないし、僕もしぶしぶ同意した」
「可愛い部員に恨まれるのも後味悪いしね。・・・・・・協力はするつもりだったけど、できればあんた自身の手でケリをつけて欲しかったの。だから佐久間には携帯に出ないようにいって、自宅で待機してもらっていたのよ」
「部長・・・・・・。佐久間さんの自宅の連絡先を知っていたんですね?」
「ええ、そうよ。・・・・・・悪かったね、騙したりして」
「遥さんだけじゃないよ。実はあの病院での事件の翌日、彼女・・・・・・志穂さんから電話があったんだ」
「美月が・・・・・・佐久間さんに?」
まさか、あの時だろうか・・・・・・?美月はバイト先からだって言ってたけど・・・・・・。
「志穂さんなら僕の自宅の番号を知っていても不思議はない。・・・・・・でも、彼女は記憶を失ってるはずだろ?それで不審に思ったんだ」
「それで、美月は佐久間さんに何て言ったんですか?」
「大学の屋上で会わないか、って・・・・・・ちょうど今日みたいにね。でも、結局彼女は来なかった」
「確かあの日、美月ちゃんは午後から編集の手伝いにきてたわよね?」
「ええ、僕が連れてきたんです。自宅で様子がおかしかったので、心配になって・・・・・・」
「それが、志穂さんの自我を保つ結果になったんだろうね。・・・・・・つまり、こういうことだ。僕を呼び出したのは志穂さんじゃなくて、美月さんだった。
それに気づいた僕は、正直あせった。今度は僕が狙われてるのかもしれない。そう考えた僕は、遥さんの意見も考慮して、とりあえず一週間だけは待つことにした。遥さんもそれで納得してくれたよ。・・・・・・で、一週間がたった」
「僕のせいだって言うんですか?僕が美月との生活にかまけていたから・・・・・・」
「・・・・・・まあ、一度距離を置いてみることも必要だったかもね。でも、無理もないよ。あんたにとっては過酷な現実だし、できれば見せたくなかったわ。
でも、このままじゃいけないのも分かるでしょ?現にあんたは二度も危ない目にあってるんだし、どこかで踏切る必要があったのよ。で、・・・・・・今日佐久間と相談して美月ちゃんに罠を仕掛けた」
「彼女次第だったんだけどね。・・・・・・結局、彼女は僕を殺しにきた。君も見ただろ?あれが現実なんだ」
彼女が次に目覚めるとき、僕は何と呼びかけたらいいのだろう。・・・・・・美月?それとも志穂?
いや、それ以前に彼女はその呼びかけに答えてくれるだろうか。また僕らを襲う?それとも、人格交替をしている時の記憶を失い、いつもの美月に戻るのだろうか。
いつもの美月?・・・・・・そもそも、僕と暮らし、僕が守ると約束したあの彼女は一体誰だったんだろう。記憶を失った志穂さん?
・・・・・・・・・・・・それとも・・・・・・・・・・・・。
ぞっとするような考えが頭に浮かんで、僕はあわてて頭を振った。
「・・・・・・入るよ」
ノックの音と共に、部長が部室のドアを開けた。
「もう気は済んだかい?」
気が済むはずがない。・・・・・・美月と話がしたかった。もう一度彼女の笑顔が見れるまでは、気が休まるはずなんてないじゃないか。
でも、僕はゆっくりとうなずいた。これ以上、僕のわがままで部長たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
「・・・・・・美月をどうするんですか?」
「志穂さんにはカウンセリングが必要だ。前に彼女の治療を担当していた南西総合病院の森崎医師も承知してくれている。このまま病院に戻すのが正解だろうね」
部長に続いて部室に入ってきた佐久間さんがそう言って僕の傍らに立った。
「でも、美月、病院が苦手なんです」
僕のささやかにして最後の抵抗だった。佐久間さんは首を振ると僕の肩に手を置いた。
「・・・・・・分かるだろ?それが志穂さんのためなんだ。本当に彼女のためを思うのなら、今は離れていたほうがいい」
本当にそうだろうか?僕がしてやれることはないのか?
「お見舞いに行くこともできるし、別に金輪際の別れってわけじゃないんだから」
部長が僕を励ますように言った。
「ええ・・・・・・そうですね」
・・・・・・結局、彼女には僕なんか必要なかったってことか。僕は無力感に打ちひしがれながらうなずくしかなかった。
美月が身じろぎしたのはその時だった。
「う・・・・・・」
「美月!」
美月は目を開けると、ゆっくりと辺りを見回した。
「ここは・・・・・・どこ?」
「部室だよ。・・・・・・何も覚えてないの?」
「・・・・・・うん」
「部長!・・・・・・お願いです。もう一回だけ二人きりにさせてくれませんか」
とにかくこれで美月と話ができる。・・・・・・僕は食い下がるように部長に頼んだ。
部長と佐久間さんは顔を見合わせると、思案げに眉を唸らせた。
「・・・・・・何かあったらすぐ呼ぶのよ。外で待ってるから」
「分かってます」
僕の返事を確認すると、部長たちは美月の様子をちらちらとうかがいながら外に出ていった。
部室のドアが閉まると、僕は美月に向き直った。
「気分はどう?」
「・・・・・・平気。・・・・・・ねぇ、何であたしこんなところで寝てるの?」
「本当に覚えてないの?」
「うん。・・・・・・」
廃病院での事件のあとも、目を覚ました美月はこんな感じだった。やはり、人格が変わっているときの記憶は彼女にはないらしい。もちろん、聞いてみたいことはいろいろあるけど、忘れているのなら無理に思い出させたくはなかった。・・・・・・今は残されたこの時間を大切にしたい。
「君は僕を待っている間に日射病で倒れたんだよ。でも大丈夫。ちょっと休めばすぐ良くなるって」
僕は出鱈目を言った。ウソでもいい。このウソが否定されるのなら、僕は彼女自身を否定しなくてはならなくなる。
「へぇ・・・・・・何で覚えてないんだろ」
美月は小首を傾げて言った。
「多分、倒れたときのショックで記憶が一時的に混乱してるんだよ。心配すること無いって」
「うん・・・・・・」
「別に僕の顔まで忘れちゃったワケじゃないだろ?まさか記憶喪失じゃあるまいし」
「そうだね・・・・・・って、そのまさかの記憶喪失なのっ、あたしは」
「あれ、そうだっけ」
「もう。・・・・・・キミの記憶のほうがよっぽど心配になってきたよ」
美月の笑顔。・・・・・・僕が見たかった笑顔だ。
自分で冗談をふっておきながら、僕は不意に胸が熱くなり、言葉を続けることができなくなってしまった。
その熱さが目頭に伝染して、顔を上げることさえちょっとした努力が必要になってきた。
これは贖罪の気持ちなのだろうか。なぜ美月が記憶を失ったか、今なら分かる気がするのだ。
彼女はやり直したかったのではないだろうか。死してなお、解かれることのない姉の呪縛から逃れるために。それがたとえ・・・・・・本来の自分ではない「他人」を永遠に演じ続けることを意味していようと。
ゼロからのスタート・・・・・・そして彼女はスタート地点に僕のとなりを選んだ。
僕はその気持ちに応えることができただろうか?
僕のした事と言えば、彼女と楽しく語らい、暮らし、共の時間を過ごしたことだけ。
その時間が彼女の心の隙間を埋めることができたかどうかは、図らずも今日の出来事で証明されてしまった。
・・・・・・彼女を愛しくおもう気持ちだけが、フィルムを巻き取り終わったあとの映写機のようにカラカラと空回りしている。
結局、僕は涙をこらえ切ることができなかった。
正確には、こらえる気力が失せてしまったのだ。押しつぶされそうな無力感が僕の心に大きな穴を開けてしまった。
涙は僕の視界に膜を張り、僕と彼女の間にある見えない壁を象徴しているように思えた。
「・・・・・・ごめん・・・・・・」
「・・・・・・?」
戸惑う美月に構わず僕は彼女を抱きしめた。その手にいつのまにか部室に置いてあった裁縫用の和鋏が握られていることには気づかなかった。
「・・・・・・僕は・・・・・・」
まるで心がばらばらになったようだ。
「僕は・・・・・・どうしたらいい?」
「教えてあげよっか?」
わき腹に鋭い痛みを感じて、僕は視線を落とした。美月の握った和鋏は僕の身体にその先端を食い込ませている。
「死んで」
彼女はそう答えた。
「あたしと・・・・・・志穂のために」
豹変に対する驚きは少なかった。
ただ、粉々になった心と、身体を襲う痛みに責められながら、僕は彼女を感じていた。
彼女の身体は、以前港で抱きしめたときと変わらないぬくもりを僕の胸に伝えていた。
あれから、何もしないで、僕はこのぬくもりを失う日が来ることに怯えていただけだったんだろうか?
(・・・・・・そうだ。前にも一度、僕は聞いていたんだっけ)
僕はうなずいて、彼女の背中に回した腕の感触に、心を委ねた。
暗い部室が、一瞬、夕焼けの色に染まり、ちょっとだけ僕の時間を巻き戻した。
僕は両手で彼女の顔を包みこむと、やさしく唇を合わせた。
瞬間、彼女の身体が大きく震えた。吹き出すような感情が肌を通して感じられ、僕は怖くなった。
彼女の和鋏を握る腕に力が込められ、僕は目の前が真っ白になるような苦痛に襲われた。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
夏が終わった。
平日の午前中だというのに、一種異様な喧騒に包まれている・・・・・・ここはそういう場所だ。
僕は病院の待合室にいた。
彼女・・・・・・志穂は、ここで治療を受けている。
僕もわき腹の傷で、というのは口実だ。僕は志穂に会いに来ている。
今日面会の許可がおりて、久しぶりに彼女の顔を見ることができる。僕の胸は高鳴っていた。
僕を刺し、殺そうとした彼女・・・・・・部室に飛びこんできた部長と佐久間さんに引き離された時に、僕は彼女の顔を見た。
血塗れの和鋏を握りしめ、執拗に僕への殺意を剥き出しにする彼女。
しかし・・・・・・確かに、彼女はあの時。
・・・・・・泣いていた。
憎悪の表情を浮かべたままで・・・・・・。
部長と佐久間さんからしてみれば、奇妙な光景だったに違いない。
僕だけがその意味を知っている。
彼女の、いくつもの顔・・・・・・僕は、受けとめなくちゃならない。
「・・・・・・くん、ね?」
白衣を着た女性が僕にそう声をかけてきた。
「私、志穂さんの治療を担当している森崎です。・・・・・・じゃ、行きましょうか」
「は、はい」
僕はあわてて立ち上がると、森崎と名乗った女性医師の後について歩き出した。
それとなく横に並び、聞いてみる。
「あの。・・・・・・志穂さんの治療の経過はどんな感じですか?」
森崎医師はくすっと笑うと僕を安心させるようにやさしく微笑んだ。
「会いたがってたわよ」
森崎医師は廊下の端の病室の前で足を止めた。
「ここよ」
僕は熱い鼓動に引かれるようにドアノブに手をかけた。
<おわり>
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