神戸市東灘区住吉本町3丁目7-46 南からの有馬道が北と、北西に分岐する三叉路北部に南東を正面に建つ
(JR住吉駅北の商店街をはずれ、室の内交差点北40mの三叉路、住吉中南東角から南へ200m)
自然石 78x32x34p
N34.723264 E135.259533
南東面
┌─―――――――――――――――――┐
│右モ │
│ 有馬道 │
│左モ │
└――――――――――――――――――┘
北東面
┌─―――――――――――――――――┐
│(なし) │
└――――――――――――――――――┘
南西面
┌─―――――――――――――――――┐
│(なし) │
└――――――――――――――――――┘
北西面(写真無)
┌─―――――――――――――――――┐
│(山本八郎兵衛外) │
└――――――――――――――――――┘
(( )部は『神戸の道標』より)
(北側に建つ案内には以下のように書かれている。)
右モ左モ有馬道の碑
住吉駅開設とともに有馬への道として
利用された「有馬道」は住吉駅から有馬道
商店街を北上し、ここで左右に別れ、再び
合流していた。
旅人が迷わないようにこのような親切
な道標が建てられていた。
東灘歴史掘り起こし隊
東灘区役所
(『神戸の道標』山下道雄、神戸新聞、1985年刊では東灘区4)
(明治の地図では右側が多分間道で左が聯路として描かれている。どちらの道を採っても、住吉中学校の北で合流し
一本となるが、現在(2020)では右側が10m程短かい460mと読み取れる。合流点には道標が無く、下りの人には
案内が不必要であったか。
神戸新聞NEXTの有馬街道が載る記事には、有馬道は4ルートとが有るとし、その内の「3.住吉道・魚屋道
(ととやみち)」と名付け、経路を「住吉〜住吉道〜一軒茶屋付近(六甲山最高峰東脇)〜有馬温泉」としたもの
があった。まさにこの道に当たる道と思われ、住吉川に沿って山頂に続くようで案内としては問題は見られないが、
文面の「右モ・左モ」は多分他には無く珍しいと言える。)
(南「東灘区住吉宮町4の道標」から北「東灘区住吉山手3会館東道標」へ続いている。)
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【1.道標を北に望む |
【2.道標を北西に望む |
【3.道標を北東に望む |
右側が当道標 |
左右とも有馬へ |
右40mに山手幹線 |
明治期は右が主】 |
左が10m長く470m】 |
室の内交差点】 |
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【4.道標を北西に望む |
【5.道標を見下ろす |
【6.合流地点を南に望む |
右側が当道標 |
裏面に施主名がある |
左に現案内があり |
明治期は右が主】 |
らしいが今は見えない】 |
「↑国鉄住吉駅」】 |
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【7.神戸市東部の道標】 |
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