26.箕面市西宿3今宮墓地の道標

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箕面市西宿3-16 南北の道から西に分岐する三叉路の南西部、
(今宮墓地の北東部)に南を正面に建つ
山型角柱 91x南面24x21(頂高4p)(像部24x17x2.5p)
N34.828473 E135.496880


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南面
┌―――――――――――――――┐
│    右かちおうし     │
│(地蔵像)      道   │
│    左(い)けた     │
└―――――――――――――――┘

東面
┌―――――――――――――――┐
│為無縁法界          │
└―――――――――――――――┘

西面
┌―――――――――――――――┐
│   願主 林氏       │
└―――――――――――――――┘

北面
┌―――――――――――――――┐
│(なし)           │
└―――――――――――――――┘


(『箕面のみちしるべ』箕面市教育委員会、平成三年刊、44)
(同書では、南北の道を「今宮−勝尾寺道」とし、「大坂から神崎川を舟で渡り、上新田、今宮を経て山中
 を勝尾寺へ向かうこのコースは、大坂、勝尾寺の最短距離である。」と説明している。この道を豊中市域
 では、「勝尾寺道」と呼んでいる。現在では、開発が進み、この道標の北50m辺りから旧道は姿を消し、
 その後、豊中市青山台三丁目辺りから、府道121号として中央環状線まではほぼ旧道沿いのように見える。
  尚、「左□けた」は、「左池田」であろうが、当辻から直接ではなく、北西に谷を下り、少し上って西
 宿の西国街道に出て向かうことになる。「右勝尾寺」も今宮で西国街道に出る道であり、400m程で
 「今宮2今宮会館前の道標」に達し、南へ向かうと
 「20.豊中市上新田2−4−9の道標」
 たどり着く。)
(又、同書に像は「宝珠を両手で持つ妙幢(トウ)地蔵菩薩(地蔵菩薩の異名、當麻寺hpより)座像を浮き
 彫りにし」とあるので、地蔵像ということになる。座像は綺麗に残っているのに、何故「い」が消えたの
 であろうか。)
(東面の「無縁法界」は1.無差別平等の世界、2.縁もゆかりもない人(デジタル大辞泉より)の意味があり、
 「為」が付いているので、無縁仏の為と理解してか、墓石扱いされて供花石も建てられているが、元々は
 道標に違いなく、近接移動はあるにせよ、この辻に建てられていたものと考えられる。)

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【1.道標を北に望む 【2.道標を西に望む 【3.道標を南に望む
 電柱の左に当道標  奥(西)西宿へ  奥(南)旧は上新田へ
 奥(北)今宮へ】  右、西国街道今宮へ】  右、西国街道西宿へ】

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【4.道標を北に望む 【5.道標上部拡大 【6.箕面市の道標】
 現在は墓地の北東端  廻りの風化の割に
 墓でないが供花あり】  座像はよく残る】
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