49.高槻市原1567の東側の道標

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高槻市原1567 旧道、牛地蔵の三叉路東部に西を正面に建つ
(これは、参道入口の鳥居北に向かい右手少し南、道を挟んで左手(西)にもう一基ある)
尖頭型角柱 91x21x21p(頂高4p)
N34.891987 E135.604246


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西面
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│(梵字)左 神峯山寺道        │
└―――――――――――――――――――┘

北面
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│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘

南面
┌―――――――――――――――――――┐
│(不明)               │
└―――――――――――――――――――┘

東面
┌―――――――――――――――――――┐
│(不明)               │
└―――――――――――――――――――┘


(『高槻の道しるべ』高槻市教育委員会発行、昭和58年刊に、記載なし。)
(同書に記載がない所をみると、それ以降に此処へ移設された可能性が高いのであろうか、それとも記載漏れなのか。)
(南面の梵字はベイ「毘沙門天」の種子であろうか。)
西側の道標とよく似ており、設置場所の為であろうか、「左、右」が異ることと、厚さ(奥行)が少し大きいよう
 である。)
(疑問、「神峯山寺本堂、堂内東長押上小壁に掲げる奉納額」にある16基の内の一つにならないのであろうか。
 又、この場所だけ二基建つのはなぜか。)

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【1.道標を東に望む 【2.道標を南東に望む 【3.道標を南東に望む
 右側に当道標  右現代道標の左に当道標  現代の道標の左に
 左上、神峯山寺へ】  正面奥が「京坂越」か】  当道標が建つ】

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【4.道標を東に望む 【5.東側道標を南東に望む 【6.道標を南に望む
 通行止め看板で  左の石碑に  右下が西側の道標
 普段は見えない?】  「史跡京坂越」とある】  左赤コーンの上当道標】

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【7.高槻中部の道標】
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【8.高槻南部の道標】

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【9.神峯山寺参道地図】
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