73.1.能勢町今谷道の木橋分岐点の道標

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能勢町地黄 今谷道の峠の妙見道標から約500m南、西に木橋を渡る道が分岐する三ツ辻の北西部に
南東を正面に建つ
(辻から西木橋を渡る道は真如寺へ続く道と思われる)
尖頭型角柱 61x16x13p(頂高6p)
N34.956751 E135.470425


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写真fimg5116

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南東面
┌――――――――――――――――――┐
│右 奥ノ院妙見道          │
│    大阪大乘結社中       │
└――――――――――――――――――┘

北東面
┌――――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘

北西面
┌――――――――――――――――――┐
│左 能勢妙見道           │
└――――――――――――――――――┘

南西面
┌――――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘


(『能勢の道しるべ』森本弌著1991発行は未記載)
(「大阪大乘結社中」のものは、奥ノ院から近いもの順に
 1.「今谷道の奥ノ院道標」奥ノ院階段下から約100m南東の鞍部三ツ辻
 2.「今谷道の峠の妙見道標」上記すぐ東の道標
 3.「今谷道の木橋分岐点の道標」当道標
 4.「本滝道下山口の奥ノ院道標」妙見山上
 がある。妙見山から奥ノ院への最短経路上の案内であることを見れば、全て同時に建立が普通であろう。)
(この道標が厄介なのは北西面の「左能勢妙見道」である。南北の道から西に分岐する逆「ト」字状の北西
 部にあり「左」は「北」即ち奥ノ院を示し、妙見山とは正反対となる。隣り合う面であれば、設置場所を
 工夫することで、何とかなることもあるが、当道標では、表裏の面にあり、それぞれが、「右」「左」と
 するので奥ノ院と妙見山は同一方向とならざるを得ない。これを解決するには三つの方法が考えられる。
 1.設置位置が、奥ノ院より北(堀越峠からや真如寺からの道)にあったとするなら同じ方向を示しても
   矛盾しない。
 2.「能勢妙見道」を妙見山への道とせず、今の国道173号のように、道全体を示しているとする。
 3.どちらかが追刻され、片方に矛盾が生じた。
  1、は移動距離が大きくなり過ぎる。又、施主の住所から見て、そちら方面からの必要性はあまり感じ
 られない。
  2、は明治30年建立とすれば、多少の可能性はあるが、奥ノ院近くの峠の道標で同じ表現をしており、
 これが街道名ではなさそう。
  依って、3ではないかと思う。他に、現、北西面が南東面に比べて粗く元からであればもう少し整えた
 上で刻するであろう、等も理由の一つとしたい。)

写真fimg5108 写真fimg5125 写真fimg5110
【1.道標を北に望む 【2.道標を西に望む 【3.道標を南に望む
 奥(北東)奥ノ院へ  右(北東)奥ノ院へ  左奥、妙見山へ
 左(西)真如寺へ】  峠の道標迄約500m】  案内板後ろに木橋】

写真fimg5126 写真fimg5113 写真fimg5122
【4.道標を西に望む 【5.道標南東面拡大 【6.道標北西拡大
 此方の面が南東面  「右奥ノ院妙見道」  「左能勢妙見道」
 後、木橋方面未踏査】  「大阪大乘結社中」】  左は奥ノ院方面だが】

写真fimg5127
【7.道標南の案内板拡大
 赤線が今谷道で中央の
 「木橋」が道標地点】

写真fimg3232 写真fimg3225
【8.能勢町西部の道標】 【9.能勢町東部の道標】
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