33.三田市広野495の道標

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三田市広野495 観音堂を持つ広野公会堂から東へ50m下った旧道三ツ辻北西部に南東を正面に建つ
(民家白壁前の生垣に取り込まれている。南北の道は広野から相野川を渡り長坂への道)
自然石 96x67x29p
N34.930788 E135.189894


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南東面
┌――――――――――――――――――┐
│右 たんば             │
│     道            │
│左 きよ水             │
└――――――――――――――――――┘
(「ば」は変体仮名「者」に濁点)

北東面
┌――――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘

北西面
┌――――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘

南西面
┌――――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘


(『さんだの道標』教育委員会2000年刊では33)
(同書に「旧街道の三差路」とあり、別項で左(西)への道を清水街道としている。)
(現在(2019年)広野駅前西側の南北の道を見ると、駅前の道、旧道、県道と三本の道が見えるが、明治
 の地図では中央の旧道のみが存在し、この駅西70mの三ツ辻から北へ120mで北と北東に分岐する三ツ辻
 があり、これを北に登ると150mで当道標に出会い、北東への道は国道176号に出るが江戸時代には主要道
 では無かったと想像できる。依って当道標のある南北の道が「丹波」への街道であり、そこから清水参詣
 道が分岐する重要地点であった。それに見合う立派なつくりの道標であるが、銘等は無さそうである。)
(「右たんば」の「ば」は変体仮名で書かれ「右丹波」、「左きよ水」は「左清水」で播州清水寺への案内
 を疑う余地はないでしょう。左へ進むと「広野の道標」に、右は少し遠いが「市上相野713の道標」
 に続いている。)

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【1.道標を北に望む 【2.道標を北西に望む 【3.道標を南西に望む
 奥(北)丹波へ  左奥(西)清水寺へ  左奥(南)広野駅へ
 左(西)清水寺へ】  坂上北に広野公会堂】  右白壁前に当道標】

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【4.道標を西に望む 【5.道標南東面拡大 【6.道標南東面下部
 南東面以外は  「右たんば」  「ば、道、水」が
 植木に覆われる】  「左きよ水」と読める】  昔らしい書き方】

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【7.三田北部の道標】
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【8.三田西部の道標】 【9.三田東部の道標】
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