紀州路の鉄道風景 目次

紀州路の鉄道風景 目次

 2007.01.06更新 


紀州路(和歌山県内)の鉄道

JR紀勢本線〔愛称 きのくに線 (和歌山市-新宮間)〕

紀勢本線は関西本線の亀山(三重県)を起点として和歌山市駅に至る、その名が示すとおり紀伊の国と伊勢の国を連絡しており、ほとんどの区間が海岸線に沿って線路が敷かれ、全線が開通したのは昭和34年(1959年)7月15日でした。
昭和36年7月から和歌山線に属した和歌山(現・紀和)-和歌山市間が紀勢本線に編入されました。
現在は和歌山市-和歌山(旧・東和歌山)間はローカル線化しワンマンの2両編成の電車が走るのみとなっており、この区間のみ和歌山線と同時に電化しましたが和歌山以南はすでに昭和53年(1978年)に新宮までが電化されておりました、南海電鉄なんばからこの線路を使用して南海電鉄所有の客車(黒潮)やDC(きのくに)が南紀直通という事で白浜、新宮まで乗り入れていましたが昭和60年(1985年)3月に全廃となりました。
その後特急以外の普通列車は朝夕を除き、和歌山-御坊・御坊-紀伊田辺・紀伊田辺-新宮間に分断されてしまいました。

和歌山-和歌山市駅間は2006年から高架工事が始まり、2008年10月に完成し和歌山市で一番古く開業した旧和歌山駅(現・紀和駅)駅舎は解体され高架の駅となっています。

JR和歌山線

和歌山線は奈良盆地と和歌山を結ぶ(王寺-和歌山)鉄道で明治20年代から大阪鉄道、南和鉄道 紀和鉄道といった私設の鉄道によって建設され、和歌山市内に一番最初に到達したためターミナルの駅名が「和歌山」となり、その後大阪(難波)から南下してきた南海鉄道の和歌山市駅まで乗り入れました。
しかし前述の様に和歌山-和歌山市間は紀勢線に編入され、昭和38年(1963年)には田井ノ瀬-東和歌山(現・和歌山)間に短絡線が建設され、さらに和歌山駅が紀和と改称しやがて昭和49年(1974年)には田井ノ瀬-紀和(旧・和歌山)間が廃止され、昭和59年和歌山まで簡易電化されました。

JR阪和線

和歌山駅から大阪天王寺までを阪和線が走っていますが、前身は私鉄の阪和電鉄で戦前は「日本一の高速電車」そしてライバル南海との劇的な合併で南海山手線となったが、戦時中に国に強制買収されました。
今は環状線ともつながり関西空港の開港によって空港特急の走る路線と大きな変化を遂げました、特急「くろしお」等が阪和、紀勢線を直通し大阪と紀南方面が結ばれています。

南海電鉄 南海線

南海電鉄は明治17年(1884年)に我が国最初の純民間資本による民鉄の阪堺鉄道を前身としており、南海線(本線)は大阪なんばと和歌山市駅を結んでおり、関西空港が開通し泉佐野から空港線が分岐するようになりました、四国連絡の特急「サザン」が和歌山港線の和歌山港まで乗り入れています。

南海電鉄 加太支線

南海線の紀ノ川駅からは加太支線が分岐していますが、全列車が和歌山市を始発としておりワンマン化されました。

南海電鉄 高野線

南海高野線は難波から南下し和歌山線と橋本で接続しています、橋本からは単線となり極楽橋までの山岳区間には最大50パーミルの急勾配が存在する登山鉄道になっています。

南海電鉄 和歌山軌道線

和歌山市駅、和歌山駅と海南、新和歌浦を結んでいた路面電車、和歌山水力電気-京阪電鉄和歌山支店-三重合同電気-東邦電力-和歌山電気軌道(阪和電鉄の傍系会社)-和歌山電気軌道(南海鉄道の傍系会社)-和歌山電気軌道(近畿日本鉄道の傍系)と経営主体が転々としましたが、昭和22年3月に和歌山電気軌道株式会社として独立、昭和32年には和歌山鉄道(現・南海貴志川線)を合併したが昭和36年南海電鉄に合併し和歌山軌道線となる、昭和46年(1961年)1月9日限りで和歌浦口-海南間を廃止、同年3月31日限りで残る路線も廃止された。

 和歌山県の海岸線を走る紀勢線沿いには、私鉄のミニ路線がいくつも走っており、そのほとんどが営業距離が10Km前後のミニ路線で全国的にも珍しい特徴のある路線ばかりでした。

南海電鉄 和歌山港線(和歌山県営)

和歌山市から水軒にかけての南海和歌山港線、和歌山港までは難波からの特急「サザン」も走ります、和歌山港-水軒間は1日2往復しか電車が走らない超ローカル線、和歌山県の臨港貨物線として作られましたが、完成時にはその用途がなく細々と営業しておりましたが、平成14(2002)年5月25日に和歌山港-水軒間が廃止、平成17(2005)年11月24日には久保町・築地橋・築港町の3駅が廃止されました。

和歌山電鐵(旧・南海電鉄 貴志川線)

南海唯一の離れ小島で600V区間、JR和歌山-貴志間14.3Kmを約30分で結んでいました。
1995年までは昭和初期製造の古豪1201形が走っていましたが、元高野線の17メートル車を改造した2両編成のワンマン車が使用されました。
2006年4月1日に岡山電気軌道の傍系である和歌山電鐵に譲渡され8月からは1編成を改造し「いちご電車」として運用され、その後「おもちゃ電車」や「たま電車」も出現しています。

有田鉄道

1992年まではJR湯浅駅までキハ58型のディーゼルカーで乗り入れていましたが、その後JRへの乗り入れもなく藤並-金屋口間わずか5.6Kmを1日4往復し、珍しいことに学校の休校日は運休となり、樽見鉄道から購入したレールバスを主に使用していましたが、平成14(2002)年12月31日に全線が廃止されました。

紀州鉄道

JR御坊-西御坊間2.7Kmを走るだけの日本一のミニ私鉄で、御坊臨港鉄道が不動産会社に買収され現在の名前となりました、JR御坊駅が町の中心部から大きく離れておりその間の連絡のため鉄道が造られました。

野上電鉄

残念ながら1994年3月末で廃止されてしまいましたが、JR海南駅に近い日方駅から登山口まで11.4Kmを結んでいました。
JR海南駅構内に連絡口というホームがあり乗降可能でした、阪神、阪急の小型電車がおり、中には大正生まれの強者もあってまるで電車の博物館という雰囲気でした。
 
紀州路の鉄道年表

紀州路の鉄道、主な出来事
1984
10.1 和歌山線(五条間-和歌山)、紀勢線(和歌山-和歌山市間)電化完成
1985
3.13急行きのくに廃止、3.14 485系特急電車くろしおに投入、南海9000系、サザン登場
1986
EF58、ED60引退、11.30 和歌山操駅廃止、和歌山地区から貨物、電機が消滅
1987
日本国有鉄道、天王寺鉄道管理局廃止JR西日本発足、南海1001系引退
1988
阪和線に205系、京都-白浜間奈良経由で臨時特急「しらはま」、サマーイン白浜に「あすか」使用
1989
「スーパーくろしお」、「いきいきサロンきのくに」、登場、サマーイン白浜に「なにわ」使用
1990
南海高野線に2000系、野鉄24明治製菓CM塗装、野鉄に水間電鉄から車両譲渡
1991
スーパーくろしお9連、モハ380-500番登場
1992
南海電鉄新塗装、サザンに中間車増結、新1000系登場、「南紀」80系引退85系登場
1993
野上電鉄の廃止が発表される、有田鉄道が樽見鉄道からハイモ180購入
1994
野上電鉄廃線、223系快速で和歌山まで入線、紀勢線に103系白帯車、リゾート博開催
1995
南海貴志川線1201形引退2250系ワンマン車登場、和歌山港線1521系引退、21003F登場
1996
283系オーシャンアロー登場、海南駅上り線高架完成
1997
紀勢線高速化、南海21003F大井川鉄道に譲渡



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