私のなれそめ

私がカルチャークラブに、はまったきっかけを書いてみました。でも私だけではつまらないので、他のみなさんがカルチャークラブにはまったきっかけも教えていただきたいと思います。短くてもよいので教えてください。このページの成否は、みなさんにかかっているといってもよいでしょう。(他力本願な私。)*赤字は私のコメントです。

私のなれそめを教えてア・ゲ・ルという親切な方はリンクをクリックしてメールをください。
今ならすぐに載ります。


私のなれそめ(2000-2002年)に行く
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ミステリーガールさんの場合

ゆか坊様 こんばんわ。

なれそめを書きます。長いので適当にカットして頂いて構いません。


皆様は、アルバムジャケや、プロモビデオなどでculture clubを初めて見た方がほとんどでしょうが、私の場合は、「8ビート・ギャグ」という、主に洋楽ミュージシャンを描いた漫画があり、そこから知りました。漫画ではつばのついた帽子にトレッドヘアで、男だか女だかよくわからない人が描かれていて、それがボーイジョージという人でした。

当時は、英米の音楽に嵌っていたので、彼らの出世曲の「Do You Really〜」も知っていたけど、それほど気にはなってなくて、でも、ボーカルが8ビート・ギャグに出ていた大顔の人(ゴメンナサイ)だという認識はありました。この時点ではまだCCに対して特にどうという感情はなかったです。

それから数か月後。「Karma Chameleon」がみるみるうちに英米のヒットチャートを駆け登っていて、その親しみやすい音楽や、ジョージの歌声と華やかな容姿に少しづつ惹かれていきながらも、実は82〜3年ごろのジョージのファッション(帽子とトレッドヘア)がどうにも好きになれなくて、曲も声も良いのに、ボーカルの髪型が残念だなぁなんて思っていました。「Colour By Numbers」はレンタルレコードで借りて聞いていて、音楽はとても好きでした。が、そんなにファンと言うほどではなくて。

ところが、ですね。
その後、ジョージはトレッドヘアと帽子をやめて、ロングのウエーブヘアにしましたね。84年の来日パンフにもその写真がアップで出ていますが、「ボーイジョージ」で画像検索すると出てくることが多い、右斜め上を見ている、茶色のソバージュヘアに真っ赤な口紅。その整った顔立ち、まるで女性と間違えるような艶っぽさ。(写真添付します)

これを見て、一気にcultureclub(特にボーイジョージ)LOVE になっちゃいました。(曲、声、容姿がすべて好きにならないとファンになれない自分ですので…)あと、ジョージのマシンガントークと毒舌も大好きです。

それからは、もうすっかり寝ても覚めてもCCのことばかり考えるようになり、洋楽雑誌を買い、バックナンバーを取り寄せ、出ているTVやラジオなどもくまなくチェックする毎日でした。80年代当時、子供だったので来日コンサートには行けなくて、悔しかったですが、クラスメイトにもCC好きな子がいて、毎日その話題で盛り上がったりして、楽しかったです。8ビート・ギャグも、漫画家さんがジョージを可愛く書いてくれるので大好きでした。(現在、復刻版が出ていて、数冊、通販サイトで買いました)

87年のジョージの逮捕で、CCがメディアに出る回数は少なくなり、自分もその後は邦楽のほうに傾いてしまったので、自然とフェイドアウトしてしまい、今に至りました。ここ30年ほど、ずっと半分忘れていたのですが、なぜだか、最近、CC熱が復活しまして、過去のCDやグッズを買い集めている次第です。

持っていたレコードや雑誌、ラジオ番組など、引っ越しの際に処分してしまったのをいまとても悔やんでいて、ネットで探している最中です。先日は、84年の来日パンフをネットで手に入れて、HAPPYです。(基本的には、ハウスオンファイヤーまでの音が好きですが、これから、それ以降のCDも買い集めて行こうかなと思っています。)昔からのファンでありながら、生演奏を聴いたことないので、今度来日コンサがあったら、行きたいと思います。

ということで、まとまりのない文章でスミマセン。これでもだいぶ書きたいことを省略したつもりなのです。

それでは、失礼いたします。

読んでみたら長さを感じなかったので全部載せてしまいました。ファンになるまでの経過がリアルですね。30年ぶりにボーイ・ジョージの変遷をたどるとなかなかの振り幅があると思いますよ。


Rikoさんの場合

ゆか坊さま、はじめまして!!Rikoと申します。わたくしの馴れ初め聞いて下さ?い。

当時美大生だったわたくし。徹夜で課題制作に取り組んでいたある朝。FMラジオから美しく切なげな「Do you really want to hurt me?」の歌が流れてきた時、"天使の歌声?" 一瞬で脳内がトランス状態になりました。それから何ヶ月も美しいメロディーが頭の中でリフレインされ続けました。それまで洋楽に全然興味がなかったので、どんな人が歌っているのか分からず、洋楽通の友だちに聞くと「カルチャークラブならNHKの番組で特集されてたのみたよ」と教えてくれました。最初は、NHKに特集されるぐらいだから、ビートルズみたいな感じのバンド??勝手に思い込んでいました。

X’masイブの日に友だちの家に遊びに行った帰り、川崎のレコード店までついて来てもらい、Culture Clubのアルバムジャケットを見た時 "なんて美しい人なんだろう?"と性別を超えた神々しいまでの美しさに一目惚れ 1st、2stアルバムを即買いし家に飛んで帰り弟に頼みこみテープに録音してもらいました。

それから生活が一変しました。部屋中にBoy Georgeのポスター・切り抜きを貼りまくり、うっとりながめる日々。洋服はニュートラからBGクローン(ボロファッション)で通学。週末は、ドレッドヘアー(三つ編み)をほどいてソバージュにし、ミニスカ・黒タイツ・ピンヒールにブルーフォックスの毛皮のコートを身にまとい、六本木のディスコ通い、「Karma Chameleon」「It's a miracle」「Miss me Blind」をリクエストしまくり、一心不乱に踊っていました

Boy GeorgeとCulture Clubを知れば知るほど、ますます好きになりました。Georgeのギリシャ彫刻の様な美しいお顔。お人形?ピエロ?のような体型とファッション。女装だ!奇抜だ!と言われていたが、彼自身がアート作品である事。ビブラートを効かせた甘く優しい歌声に、レゲエ・ポップ・バラード・ソウル・ロカビリーといろんな曲調の音楽。まさに''Colour by Numbers"

彼らの私生活でも、Mikeyは子持ち、Royは全盛期に結婚、Jonに浮いた噂もなく、Georgeに関して「恋人Marilynとジャマイカへバカンス旅行!!」と騒がれ特集記事も読んだけど昔からの気のおけない友だちの様な感じで、グルーピーとの悪い噂もなく、クリーンな感じがして好感が持てた事などなど寝ている以外のほとんどは、中毒のようにウォークマンで曲を聞き続けてました。

84年のグラミー賞発表の日は、朝から祈るような気持ちでいました。夜のニュースで受賞を知った時は、ビジュアルだけでなく音楽も認められたんだと本当に嬉しかったです。アーティストにとって賞を取る取らないの差は大きいですから。

6月の武道館コンサートでは、メンバーが登場した瞬間、物凄い歓声とともに観客が総立ちになり、演奏が始まると皆が踊りだしたので建物が揺れて、2階席にいた私は、床がぬけ落ちないか不安になりました。

その後、MTVなどのインタビューでGeorgeが向けられたマイクを避けるようになり、Jonにマイクを譲るような仕草がたびたび見られ、Jonが答えていたのでバンド内で何かあったのかな?なんて思ってました。

日本の歌舞伎に興味があり、玉三郎にPVの出演オファーを出したけど断られたと聞き、その後「Miss me Blind」のPVが放映されたのを見て、やっぱり日本のイメージは「フジヤマ、ゲイシャガール」なんだ玉三郎が断ったのも無理ないなと思ったものです。

秋に発売された3rdアルバム以降、日本のメデイアに取り上げられる回数もだんだん減っていきました。 84年の12月にBand AidのPVで久しぶりにGeorgeを見れて嬉しかったけど、髪をバッサリ切っていたのと地味な衣装に"あれっ?!どうしたの??"と思いました。

初めて買ったレコードアルバムがCulture Club、初めて行ったコンサートもCulture Clubで、青春そのものでした。

今でもCulture Clubの曲で癒され、元気をもらってます。

デビューして、今年で30年になるんですね? 当時歌詞がよく理解できなかったのですが、ゆか坊さんの訳してくれた「The Story of Culture Club」を読んで、30年経ってやっと納得できました本当に、ありがとうございます。
ゆか坊さま、これからも日本のファンの代表として頑張って下さいね?わたしも、影ながら応援してます。

ありがとうございます。私はファンになったのが84年の夏ごろなので、なんだか一番おいしい時期を逃してしまったのではと思ってしまいました。こんなに全盛期を楽しむことができたなんてとってもうらやましいです。


ひろこさんの場合

私の馴れ初めを(他の誰にも言えないけど)聞いて欲しくてメールしました。

1984年、小学校までは優等生だった私、中学進学前になって進学塾に入ったら、そこにはませた頭のいい子がいっぱいいて、皆洋楽を聴いているんですね・・デュランデュランとかリマールとかですが。でそれらが彼らの暗号のようになっていたので話題についていけなくて悔しい思いをしながら母親に隠れて2階の西陽の差す自分の部屋の片隅で英会話用の赤いラジカセで洋楽のラジオを聴いていたらスイートなジョージボイスで「センソーヘンターイ〜」って唄っていたのにノックアウトされちゃいました。でも学校の友達は一緒にジョージの話題についていける奴がいなかったので書店に行ってはMUSIC LIFEなどを読み漁り、ペンパルを探しました。仲良くなった数人のペンパルちゃんたちは個性的な面々が多く、当時「周りの皆からは理解されない」という同じ悩みを持っていました。彼女らとジョージの切抜きを交換したり幸せな日々でしたが、ほんとに悲しいことにその頃ってもうCCの全盛期は終わっていたのですね・・・。

家族からも変人扱いされていた中2くらいの私を襲ったのがジョージのヘロインニュース。あぁ、、もう完全にこの人は終わったんだな、って思っちゃいました。
その後自分の人生に色々忙しく・・でも、いつかジョージとかと英語でしゃべりたい、とかいう思いが強く、なぜかアメリカに留学してしまったり、あがけばあがくほど、ジョージから遠ざかっているような。。。
今、弟がロンドン在住なんですけど、ハムステッドのジョージのおうちに行ってみたい〜!
外で待ってたりしたら機嫌の悪い日のジョージなら思いっきり悪態つくよね?

最近私生活で彼とBREAK UPしまして、崇拝する偶像が欲しくてまたジョージ熱がぶり返しています。
で、ちょっとは英語ができるから、とYOU TUBEでいろいろジョージネタを見ていましたらいつかのジョージのお母さんのインタビューで「息子が人を殺して監獄に入った」とか言うのがあり・・これって本当ですか?ジョージのお兄さんとかがそういうことを? ジョージって子供の頃はすごく顔小さいのに・・とか色々今でもジョージのことは愛着を持って見れますね。

実は私もファンになったのがビミョ〜に遅かったので、カルチャー・クラブの全盛期をいまいち堪能してないのですよ。でも実はそういう人の方が続いてるんじゃないかと思ってます。


Kyokoさんの場合

ゆか坊様はじめまして!ツイッターでお見かけしてやって来ました。もっと早くこのホームページを知りたかったです!

私のなれそめは、『Changing Everyday』です。聴いた途端、「この人、ただ者ではない。。」と強いショックを受け、当時高校生の私は心が荒れていたので、この曲ばかり聴き、癒されてました。リアルタイムではドリカム等のJ-POPが最盛期、完全に孤立してた気が...。この曲の世を達観したところ、ジョージの時々放つ素敵なtweetにつながってるなぁと感じます。年月を経ても全く色褪せず、いつ聴いても昼下がり、木陰に佇んでるような気持ちにさせてくれるこの曲は今でも私の特別です☆

あら、ツイッターのアカウントは公開してないのによく見つけましたね。Changing Everydayなんてとっても渋いチョイスだと思います。改めてきちんと聴かなくては。


benzさんの場合

ゆか坊さんとははじめまして・・・でもないんですがこちらのサイトでの投稿は初めてですのではじめまして・・・でいいですかね?

私がgeorgeにドっキューン♪されたのはDO YOU REALLY WANT TO HURT ME♪でした。衝撃だったのは覚えています。定かではないのですが・・・小学生か中学生かのきわどい所です。KISSING TO BE CLEVERを予約して買った思い出があります。発売日が来るのが待ちどおしく・・・わくわくしたものでした。ドっキューンの内容は、麗しゅうあの美声、たまらないリズム、自画自賛の美しさ・・・でっかい人だと知ったときは少し???モードになった気が・・・

化粧や髪型真似しましたね。(姉が積み木くずし(不良娘)だったので化粧品とか困らなかった。)おませさんだったんです。その後もCOLOUR BY NUMBERSやFROM LUXURY TO HEARTACHE他チャリティーのアルバムなども買いあさりましたが・・・なんとJapan ツアーのチケットは1回も取れず・・・そしてジョージヘロイン逮捕へと・・・当時、がっかりしました。お子ちゃまだったので色恋沙汰などわからず・・・(まー今でもわかり難い世界にいますけどね・・・)裏切られた気持ちでしたね。友達にあんなお〇まの何処がいいの?変わっているね・・・私は変なの?そんなこんなでI LOVE GEORGEが封印されていきました。

それから・・・georgeのことは心のどこかでたまに顔をひょっこり出す程度・・・何回かの逮捕劇もあらあらという感じで見ているときひょっこりひょうたん島のように100%boy に出会いやけぼっくいに火がぼうぼうと燃え上がってしまいました。

あんな姿になってしまいましたが・・・本当に失礼!georgeはgeorge♪私も大人になりgeorgeのことを色々調べgeorgeの人間性、苦悩、など理解できた気がします。

それでもやはり私はgeorgeをあいしているんです。今の私がいるのも少なからずgeorgeの影響もあります。美に対する意識を教えてくれたのがgeorgeでした。たまにgayの方と交流がありますがお互いに「あんたより綺麗になってやる」と・・・話それました。

georgeの人道的なところ、素直じゃないところ、キュートな女の子のところ、たまに変なことを言い出すところ、etc....愛してる。

愛に飢えている・・・愛に欲張りなgeorgeに私の愛もあげたい!

と今に至っております。
ブランクありのファンですが、取り戻しまっせ!

Kissing To Be Cleverを予約して買ったとはかなり初期からのファンではないかと思います。いや、すごいです。そしてブランクがたくさんある分、楽しめるポイントもまだまだたくさんありそうですね^^


boysyumiさんの場合

私が、ボーイジョージに出逢ったには、まだ、汚れを知らぬ乙女ちゃんだった中学3年生です。当時のベストヒットUSAで、ジョージを初めて見たとき、あの瞳に吸い込まれ、Do You Really Want To Hurt Me 「君は完璧さ」を、聞いた瞬間私の心は、鷲掴みされたのです。

今でも、初めてレコードを手にした瞬間の気持ち覚えています。着ていた洋服まで。レコードは全て、3回までしか聞いてません。擦り減ってしまうと嫌なので、テープに録音しました。ジョージが載っている雑誌を買って、ファイルに挟んで、授業中ずっと、見とれていました。よく、クラスで男の子には、オカマとバカにされ、女の子には化け物って言われたけど、そんなの全然気にしませんでした。私が好きだから、それでよかったんです。でも、日本公演には、一度も行けませんでした。手分けして、電話をかけたけど、チケットは夢の彼方。あまりの、ショックに涙も出ませんでした。

時の流れとともに、ファン休止時代が・・・でも、去年の6月、ネット上で、再び彼に出逢えるとは。その時の、ジョージの姿に、胸が締め付けられる思いでした。と、同時に、変わらない瞳に、涙が流れました。そして、あの頃の、私の想いは、嘘じゃなかったと気が付きました。

そして、今、初恋のジョージに、また恋をして、眠れぬ夜を送っている毎日です。

私はカセットテープが擦り切れました。ダビングするという知恵がなかったのです。ああ、でも寝不足にはお気をつけ遊ばせ。お肌の敵です。


mamismaさんの場合

ゆか坊さま、はじめまして。
私はmamismaと申します。

私がはじめてCCを知ったのは、彼らがデビューしたての頃です。洋楽好きで、その日も行きつけのレコード屋さんで大好きなQueenのアルバムを物色していたら、顔見知りの店員さんに「今度デビューしたバンドやねん」と言って、White Boyの曲を聞かせてもらいました。UKのレコードだったと思います。

ドッカ〜ン!!でした。なになに、このリズム、ビート、声〜〜
次にCCのジャケットとジョージの写真を見て、完全にノックアウトでございました(笑)

当時高校生でしたが、その日以降高校生活全てがCC一色!(^^)!
レコードは毎日ガンガン♪MusicLifeやRockShowの雑誌もせっせと読み、ファンクラブにも入り、もちろん’83’84のコンサートも行きました。ジョージのウェディングドレス姿を見て失神しそうになり、「絶対ジョージを嫁にする!」叫ぶ私を、当時の彼氏がドン引きして、その後捨てられました^^;

そんなにも愛していたのですが、自身の環境の変化もあってどんどんと遠ざかってしまい、20年以上忘れていたんです。ああ、ファン失格だわ。今年、会社の同僚と何故かジョージの話になり、ああ青春と思いつつネットで検索・・・

はい、私は美しいジョージで記憶が止まったまんまでした。確か出所後の写真でしたね。絶叫とともに3日は寝込みました(うそです)衝撃はかなりのものでしたが、慣れてくるとぷくちゃんジョージもラブリーだと。イルカとかジュゴンとかトド・・きゃーごめんなさい! 愛しているのよ!!

それからCDとかDVDとかせっせと集めて、再びCCとジョージに恋しています。キャッ最近ゆか坊さまのサイトに出会いまして、これもノックアウト状態で!!私の空白の時間を取り戻していただいております。幸せでございます♪

お忙しいとは思いますが、ゆっくりでいいから頑張って続けて下さいね。長文ごめんなさい。適当に端折ってやってください。ありがとうございました。

端折らずに全部載せました^^リアルタイムでWhite Boyからはまった方は初めてです。あ、ジョージは泳ぐ自分を「私はイルカ」と言ってました。私にはイルカというよりト…(以下略)


梓さんの場合

ゆか坊様、はじめまして。私は梓と申します。
毎日楽しく拝読させていただいております^^

今年(明日)高校に入学する高校一年生ですが、私の馴れ初めは、ここのページにもいらっしゃったのですが、
私がまだ保育園の頃(!)、天才てれびくんの山崎さんが歌っていたカーマを気まぐれを聞いて、保育園生ながら、そのキャッチーなメロディが忘れられずずっと心の中にありました。

カバーということと、カーマは気まぐれという邦題は知っていたのですが、月日はながれ、中三になった私は、なぜかその時70、80年代の洋楽の名曲を掘り出している最中で、運良いことに、ある時80年洋楽特集かなんかがHEY×3であったので、そこで、カーマは気まぐれが流れ、

「あ!!、これはカーマはきまぐれだ!!」

と思い、その時のボーイジョージの中性的な美しさにほんの数秒でノックアウトされてしまい、さらに、あまりにいい楽曲とソウルフルすぎな声(サウンド)にひどく感動して、Karma chameleonをどうしても手にしたくて、すぐにi storeで検索し、一番ジャケットが気に入ったThis timeのKarma chameleonを購入し、

受験生でしたので、それだけをリピートしまくって受験勉強を行い、受験の日も朝からずっと聞いてて、いつのまにか再生回数がありえないことになり、

高校には無事合格したのですが、受験が終わるなり、今まで抑えていた好奇心がむくむくと出てきて、もうそこからは完全にタカがはずれ、カルチャークラブのせいでご飯がのどを通らなくなり、4キロやせて(嬉しかったんですが)、また寝れなくなったり^^;夜な夜なネットでカルチャークラブを検索しまして・・・

好きもほどほどですよね・・・

でも、そのおかげで英語が大好きになりました!歌詞を訳したりする時間は楽しみの一つです。

小さいころから綺麗な男性に目がない私でしたが、もはや私は一種の病気か、と思うくらいメロメロです。でも病気でも治してほしくはないですが・・^^

個人的意見ですがI just wanna be lovedのPVのボーイジョージさんは、もはや女性を超えた綺麗さだと思っています。

そして、これも余計な話ですが、私の母はその当時20代で、ばっちり追っかけもできるのにしてないところがなんとも悔しいところだなぁと、一人思っています。

できればリアルタイムでファンしたかったです。

読んでいただいてありがとございました。長文ですいません;
今後ともによろしくお願いします。

「いつのまにか再生回数がありえないことになり、」というところがツボでした。ハマるとそうなるんですよね。
私は美しさではIt'a A Miracleのジョージが一番好きです。


HeyDJさんの場合

初めましてHeyDJと申します。彼らとの出会いは友人からの洋楽イチオシアルバムのテープをリアルタイムで聴かされたのがきっかけでした。それが『カラーバイナンバーズ』。当時中学生の私でしたが、以来どっぷり彼らにハマりさらには洋楽の魔力にとりつかれ現在に至ります(笑)。今回こちらを知るまではジョージは引退同然と思いこんでいたので驚きました。バリバリ現役だよね!
国内盤はほぼ全部所有してますが、まだまだレアなモノがあるんですね。合間をみて収集したいと思います。

あ、2000年の来日Liveは名古屋ですが行きました。パンフが売り切れだったのが悔やまれます(泣)。

追記:たまたま私は誕生日ジョージと同じ6月14日です。生年は違うけどね(笑)。

いやいや、ジョージは現役です。歌以外にDJ、フォトグラファー、コラムニストなんてことも。年とともにキャラも見た目もちょっと丸くなったかもしれませんけれどね。