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[ 第12話 ]

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2062年:未練
 
      
 『そうか、やはり来るのか。』
 
 「はい。 こちらの観測ではその兆候が認められるそうです。」
 
 『今度はここもどうなるかわからんな。
よし。 予定分には足りんが、あるだけでもすぐに送るようにしよう。』
 
 「お願いします。」
 
 『じゃ、次回までにプランをまとめておくよ。 以上。』
 
 「了解。」
 切 断
 通信端末に"DISCONNECTED"が表示される。
 
 地上とターポンとの交信である。
 
 本来なら常時接続された回線があるはずが、今では地上基地局の近くでしか通信できない。
 
 「はぁ。 地上はどうなっちゃうんですかねぇ?」
 
 通信担当員が、椅子に深くもたれて傍らの学者に聞く。
 
 「さて、それは神のみぞ知る、だろうな。」
 
 そう言いながら片手を上げてドアに向かう。
 
 この学者先生、5年前のシャトルでターポンに来たひとりである。
 
 そして通信室を出たところで、ニックとでくわす。
 
 「あぁ、先生、どんな具合です?」
 地軸転倒
 地上にまた災害が来そうなことは船内でも話題になっている。
 
 「やっぱり来そうだよ。 前より大きいのがね。」
 
 既に諦めの境地って顔で学者が言う。
 
 「そうですか。 前もってわかったのがせめてもの救いですかね。
先生のおかげですけど。」
 すく
 学者は肩を竦めただけで、話題をかえる。
 
 「そうそう、シャトルの燃料な、あるだけ送ってくれるそうだよ。」
 
 「え? じゃ、地上に戻れるんですね。」
 
 「うん。 まぁ、予定分は集まってないそうだがね。」
 
 「前のフライトでも準備に何年もかかったそうですから。
でも下は苦労しそうだし、何人降りたがるかな?」
 
 「私は降りたいと思っているよ。 この歳になると死に場所も選びたくなる。
その様子だと君は降りないつもりかね?」
 
 「まだ決められないってのがホントですね。」
 
 「帰りたくもあり、未練もあり、か?」
 
 学者が意味ありげに言う。
 
 「あー、まぁそうですね。」
 
 ニックも敢えて否定しない。
 
 その後しばらく話しながら歩いて、コミューターコンコースに着く。
 
 広大なターポン内を手軽に移動するための設備だ。
 
 「シャトルの話はすぐに広報されるだろうが、”未練さん”も降りるといいな。」
 
 そう言って学者先生はコミューターに乗り込む。
 
 苦笑しながらそれを見送ったニックも別のコミューターに乗って移動する。
 
 ”未練さん”のもとへ。
 

 
 念願の図書室が実現して2年。
 
 元々かなりの量の書籍が積み込まれていたところへ、モニターでの閲覧を嫌ったアルファが
 既存の資料を印刷製本したものが加わって、用意した書架は既に半分がとこ埋まっている。
 
 そして現在でもその作業は続いており、さらに彼女自身がしたためた書籍も増えてきている。
 
 今もアルファはタイプライターに向かっているところだ。
 
  − チャチャチャッ チャチャッ −
 
 「...のためと思われる。 っと、こんなとこかな。」
 
 「よぅ」
 
 「ニック?」
 
 振り返ると両手にカップを持って立っている。
 
 「どうしたんです? 今日は。」
 
 カップを受け取って、いつもの午後三時が始まる。
 
 「いや、なに。 しかし、ここの本も随分増えたなぁ。」
 
 たくさんの書架を見回しながら。
 
 「? 急に何です? 毎日来てるのに。」
 
 ちょっと笑って応える。
 
 「いったいどうやって作ってるんだい?」
 
 「前からあるデータや、私がタイプしたのを印刷して、
エリスが作ってくれた製本機で綴じてるだけですよ。
レイアウトなんかはほとんど機械任せですから。」
 
 「紙はどうやって?」
 
 「試験航行の時に元々重りとして載せられてたのを使ってるんですよ。
ここをいっぱいにするには十分あるんです。」
 
 「ふぅん。」
 
 なにか、事務的な会話をしている気がするアルファだったが、
 この、気のない返事でピンとくる。
 
 カップのりんご茶をひと口すする。
 
 「それで?」
 
 さらにひと呼吸おく。
 
 「ホントは何があったんです?」
 
 ニックの眼を見て聞く。
 (さっきの学者)
 「あー、うん。 ハインツ先生の話な、やっぱりホントみたいだ。」
 
 「...そう。 ...いつ頃?」
 
 やはり覚悟はしていたようで、落ち着いている。
ひとつき 
 「一月ぐらいあと。」
 
 「...下はまたタイヘンなことになるんですね。」
 
 すぐそばの、今は雲しか見えない窓に目をやり、地上に思いを馳せる。
 
 『みんな...』
 
 「今度はあらかじめ準備ができるから、被害は少なくて済むと思うけどね。」
 
 「そうだといいんですけど...」
 
 「それとね、シャトルが使えるようになるそうなんだ。」
 
 「! ホントに?」
 
 表情がちょっと変わる。
 
 「うん。 何人かは降りられるんじゃないかな。」
 
 「...」
 
 考え込むアルファ。
 
 と、そんな自分をじっと見ているニックに気づく。
 
 「ニックはどうするんです?」
 
 「まだ決めてないよ。 定員もわかんないしね。
君は下に会いたい人とか?」
 
 さりげなくを誘うニックである。
 
 「いますよ、もちろん。
両親が健在ですし、お世話になった人とか。」
 
 「あ、そうか、君には家族がいるんだよな。」
 
 ニックは十年程前に家族を亡くしているが、そのことへの無用の気遣いはしない。
 
 「ええ。 いますよ。」
 
 意味ありげに微笑む。
 
 「? あぁ、長女だっけ?」
 きょうだい
 「そう。 もっとも姉妹には会ったこともないんですけどね。」
 
 「じゃぁ、会ってみたいんじゃない?」
 
 「そうですね。
いつか会ってみたいと思ってたけど...。
あっ、ひとつ下にね、私と同じ名前の妹がいるんですよ。」
 
 機材の揃っている研究所とは、多くはないが、情報のやり取りはされている。
 
 「どんななのかなぁ...」
 
 ちょっと遠い眼。
 
 「やっぱり家族っていいよなぁ。
俺も、もうそろそろ欲しいと思っちゃいるんだが...」
 
 「じゃ、下に降りたら妹のひとりでも紹介しましょうか?」
 
 「.....」
 
 全然わかっていないアルファであった。
 

 
 用意された燃料の量から、50人を降ろせると計算された。
 
 しかし結局、応募者が多くて抽選にせざるを得なかった。
 
 そしてハズレた者のことを考えてか、船内ではこの話は敬遠されるようになっていった。
 
 もちろん例外もいて、ハインツ先生は研究成果の整理におおわらわだ。
 
 「これが最後の一回とは思えん。」
 
 とか言って、観測を続ける指示を出していた。
 
 
 アルファは行かないことにしたようだが、それは内緒にしておいた。
 
 ニックが頭を抱えていたことは言うまでもない。
 

 
 地上の通信施設が危ぶまれるため、普段は規制されている私的な交信が許可された。
 
 しかし、アルファは使わなかった。
 
 基地局は中国の奥地、重慶にある。
 日本の誰かと話す場合は、日本と重慶を結ぶ回線も必要になるのだが、
 それが確保できないからだ。
 
 その代わりに、シャトルに手紙を持って行ってもらうことにした。
 
 デジタルではない手書きの手紙だ。
 
 山端教授宛て。
 夫人宛て。
 めぐみさん宛て。
 
 そして、まだ見ぬ妹へ。
 

 
 燃料が届いた日に盛大なお別れ会が開かれた。
 
 ニックは、自分と同じ送る側にアルファを見つけてホッとしていた。
 

 
 次の日、シャトルの帰還。
 
 
 図書室の窓に、シャトルを見ているアルファとニックが映る。
 
 「君は応募もしなかったんだって?」
 
 「うん。
まだここでやりたいことが残ってるもの。」
 
 それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。
 
 「あなたはどうして?」
 
 「なぁに、ちょっとこの船に”未練”があってね。」
 
 「...そう?」
 
 そう応える少し寂しげな横顔には、含む意味に気づいている風はまったくない。
 
 ニックは内心、『ど・ん・か・ん』なんて思いながらも、なんだか満足げであった。
 
 「そう。」
 

 
 三度目の災害により地上の宇宙港や通信施設は壊滅。
 
 復旧のめどはまったく立っていない。
    
 

 
     −あとがき−
 
 アルファー室長がターポンに行ってから5年後のお話です。 第4話からずっと、もう一度シャトルを飛ばそうと思っていたんですが、やっぱり室長を地上に戻すわけにもいきませんやね。ちょっと不完全燃焼。
 
 室長は実年8歳。この頃にはニックとはタメ口をきくような気がしないでもないが、本編の感じにあわせて"ですます調"にしてみました。でも最後だけはね。
 
 そうそう、本編の描写と矛盾する部分もあるんですが、ここではターポンは高度200kmぐらいをまわっています。(笑)
    
 

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