[ 第12話 ] |
『そうか、やはり来るのか。』 「はい。 こちらの観測ではその兆候が認められるそうです。」
「お願いします。」 『じゃ、次回までにプランをまとめておくよ。 以上。』 「了解。」
地上とターポンとの交信である。 本来なら常時接続された回線があるはずが、今では地上基地局の近くでしか通信できない。 「はぁ。 地上はどうなっちゃうんですかねぇ?」 通信担当員が、椅子に深くもたれて傍らの学者に聞く。 「さて、それは神のみぞ知る、だろうな。」 そう言いながら片手を上げてドアに向かう。 この学者先生、5年前のシャトルでターポンに来たひとりである。 そして通信室を出たところで、ニックとでくわす。 「あぁ、先生、どんな具合です?」
「やっぱり来そうだよ。 前より大きいのがね。」 既に諦めの境地って顔で学者が言う。
「そうそう、シャトルの燃料な、あるだけ送ってくれるそうだよ。」 「え? じゃ、地上に戻れるんですね。」 「うん。 まぁ、予定分は集まってないそうだがね。」
「まだ決められないってのがホントですね。」 「帰りたくもあり、未練もあり、か?」 学者が意味ありげに言う。 「あー、まぁそうですね。」 ニックも敢えて否定しない。 その後しばらく話しながら歩いて、コミューターコンコースに着く。 広大なターポン内を手軽に移動するための設備だ。 「シャトルの話はすぐに広報されるだろうが、”未練さん”も降りるといいな。」 そう言って学者先生はコミューターに乗り込む。 苦笑しながらそれを見送ったニックも別のコミューターに乗って移動する。 ”未練さん”のもとへ。 念願の図書室が実現して2年。 元々かなりの量の書籍が積み込まれていたところへ、モニターでの閲覧を嫌ったアルファが 既存の資料を印刷製本したものが加わって、用意した書架は既に半分がとこ埋まっている。 そして現在でもその作業は続いており、さらに彼女自身がしたためた書籍も増えてきている。 今もアルファはタイプライターに向かっているところだ。 − チャチャチャッ チャチャッ − 「...のためと思われる。 っと、こんなとこかな。」 「よぅ」 「ニック?」 振り返ると両手にカップを持って立っている。 「どうしたんです? 今日は。」 カップを受け取って、いつもの午後三時が始まる。 「いや、なに。 しかし、ここの本も随分増えたなぁ。」 たくさんの書架を見回しながら。 「? 急に何です? 毎日来てるのに。」 ちょっと笑って応える。 「いったいどうやって作ってるんだい?」
「紙はどうやって?」
「ふぅん。」 なにか、事務的な会話をしている気がするアルファだったが、 この、気のない返事でピンとくる。 カップのりんご茶をひと口すする。 「それで?」 さらにひと呼吸おく。 「ホントは何があったんです?」 ニックの眼を見て聞く。
「...そう。 ...いつ頃?」 やはり覚悟はしていたようで、落ち着いている。
「...下はまたタイヘンなことになるんですね。」 すぐそばの、今は雲しか見えない窓に目をやり、地上に思いを馳せる。 『みんな...』 「今度はあらかじめ準備ができるから、被害は少なくて済むと思うけどね。」 「そうだといいんですけど...」 「それとね、シャトルが使えるようになるそうなんだ。」 「! ホントに?」 表情がちょっと変わる。 「うん。 何人かは降りられるんじゃないかな。」 「...」 考え込むアルファ。 と、そんな自分をじっと見ているニックに気づく。 「ニックはどうするんです?」
「あ、そうか、君には家族がいるんだよな。」 ニックは十年程前に家族を亡くしているが、そのことへの無用の気遣いはしない。
意味ありげに微笑む。 「? あぁ、長女だっけ?」
「じゃぁ、会ってみたいんじゃない?」
機材の揃っている研究所とは、多くはないが、情報のやり取りはされている。
ちょっと遠い眼。
「じゃ、下に降りたら妹のひとりでも紹介しましょうか?」 「.....」 全然わかっていないアルファであった。 用意された燃料の量から、50人を降ろせると計算された。 しかし結局、応募者が多くて抽選にせざるを得なかった。 そしてハズレた者のことを考えてか、船内ではこの話は敬遠されるようになっていった。 もちろん例外もいて、ハインツ先生は研究成果の整理におおわらわだ。 「これが最後の一回とは思えん。」 とか言って、観測を続ける指示を出していた。 アルファは行かないことにしたようだが、それは内緒にしておいた。 ニックが頭を抱えていたことは言うまでもない。 地上の通信施設が危ぶまれるため、普段は規制されている私的な交信が許可された。 しかし、アルファは使わなかった。 基地局は中国の奥地、重慶にある。 日本の誰かと話す場合は、日本と重慶を結ぶ回線も必要になるのだが、 それが確保できないからだ。 その代わりに、シャトルに手紙を持って行ってもらうことにした。 デジタルではない手書きの手紙だ。 山端教授宛て。 夫人宛て。 めぐみさん宛て。 そして、まだ見ぬ妹へ。 燃料が届いた日に盛大なお別れ会が開かれた。 ニックは、自分と同じ送る側にアルファを見つけてホッとしていた。 次の日、シャトルの帰還。 図書室の窓に、シャトルを見ているアルファとニックが映る。 「君は応募もしなかったんだって?」
それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。 「あなたはどうして?」 「なぁに、ちょっとこの船に”未練”があってね。」 「...そう?」 そう応える少し寂しげな横顔には、含む意味に気づいている風はまったくない。 ニックは内心、『ど・ん・か・ん』なんて思いながらも、なんだか満足げであった。 「そう。」 三度目の災害により地上の宇宙港や通信施設は壊滅。 復旧のめどはまったく立っていない。 |
−あとがき− アルファー室長がターポンに行ってから5年後のお話です。 第4話からずっと、もう一度シャトルを飛ばそうと思っていたんですが、やっぱり室長を地上に戻すわけにもいきませんやね。ちょっと不完全燃焼。 室長は実年8歳。この頃にはニックとはタメ口をきくような気がしないでもないが、本編の感じにあわせて"ですます調"にしてみました。でも最後だけはね。 そうそう、本編の描写と矛盾する部分もあるんですが、ここではターポンは高度200kmぐらいをまわっています。(笑) |
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