ダブルキャスト
GOODEND1 「ダブルキャスト」〜前編〜
“志穂”が、僕の元へ帰ってきた。
いつもの、変わらない優しい笑顔と瞳とともに。
“美月”は、“志穂”と共に生き、“志穂”の中に眠ることに決めた。
それが、自分にとっても、愛する“志穂”のためにもいいと、分かってくれたから。
僕は、そう思っていた。
志穂の口から真実を告げられた時まで。
ずっと。
「・・ただいまー・・。」
靴を脱ぐ時にも、ズキッと筋肉痛の痛みが走る。
「おっかえりぃーっ!今日は早かったね。」「今日は、部長が休みだったから、早めに1人切り上げてきたんだ。」
「・・それって、サボりっていうこと?」「うっ・・、い、いいじゃないか・・この頃、なんだか知らないけどいきなり部長が体力トレーニングするって言い出して・・今日でもう2週間も・・。」
「こら。言い訳する気?」「・・・・・。」
鋭い目つきで、おたまを持ちながらこっちを見ている志穂。
でも、だんだん口元に笑いがこぼれてくる。
「まぁ、いっかっ!許してあげましょう。」「それはそれは、どーぉもありがとうございます。・・ところでさ、志穂。」「ん?」
「その手に持っているおたまと、この何かが焦げるような香ばしい香りの意味するところは・・」「げッ!!」
「いやーっあぁっ、やだぁー・・焦げちゃった・・。」
台所に向かうと、志穂がフライパンの中を指さして、苦い表情をこちらに向けた。
その指さすところには、おそらく、レバニラ炒めであろう物が、黒くなっていた。
「あーあっ・・この頃君がバテ気味だから、せっかく作ったのに・・。」「・・でも、これ食べたらますますある意味でバテちゃいそうだね。」「ふぅ・・」
「そういえば、志穂どうして炒め物におたま使ってたの?」「あぁ、これ?実はね、フライ返しのここのところ、外れちゃって・・」「あ、ホントだ。」
持つところと本体が2つに分かれてしまっているフライ返しを見て、僕は聞いた。
「おたまで炒め物って、使いにくくない?」「んー、やっぱり少し使いにくい。」「そっか・・じゃあ、まだお昼前だし、ちょっと駅の方まで買いに行こうか?ついでに、お昼も食べてこよう。」「ホントに?行くー!」
ぱあっと、今までの表情が嘘のように、志穂は明るい笑顔を見せた。
「じゃあ、ちょっとオシャレしてくるから、待ってて!」「え?別にそのままの格好でもい・・」
リビングから志穂の部屋に声が移る。
「いーの!だって、街に行くのなんて久しぶりだもん!」「・・そう?」「だってここのところずーっとおいてけぼりだったし、ねーぇ?」「うっ・・」「そーだなぁ・・夏用の洋服、買ってもらおうかなっ!」「ええ!?」
パタパタと、着替えが済んだみたいの志穂が、バックに色々なものを入れながら僕のほうへと歩いてきた。
着替える時間は短かったが、さっきの格好のTシャツに上着を羽織って、髪を下ろしたという、可愛い女の子ファッションになっていた。
「どう?変じゃない?」「・・可愛い。」「え?」「う、ううん、すっごく似合ってるよ。じゃ、行こうか。」「うん!」
街は、もう夏を先取りしていた。
さわやかな夏のイメージで、ある店には浮き輪などの海用品、ある店には水着やノースリーブの流行の洋服などが、キレイに並んでいる。
「なんかここだけ、夏みたいだね。」「そうだね・・でも、気温も結構上がってきたし、本当にもうすぐで夏だね。」「その前に梅雨があるよ。梅雨って、洗濯物が干せないからやだなぁ・・。」
志穂と迎える、2度目の夏。
僕は、その幸せを噛みしめていた。
志穂が僕の隣にいて、僕と一緒に笑ったり、怒ったり。
去年の夏、部長の別荘で願ったこと。
“願わくは、美月の記憶が戻っても、その笑顔と同じままに・・・”。
それが、今ここで叶っている。
その幸せを、噛みしめていた僕は、気付かなかったんだ。
今、志穂の中でなにが起こっているのかということにも。
そして、“今までの志穂”ともお別れしなくてはならないということにも。
全然、気付いていなかったんだ。
続く