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ダブルキャスト

           GOODEND1 「ダブルキャスト」〜後編〜

 

作者・葉月

僕達は、ただ黙って歩いていた。

僕には、聞きたいことがたくさんあった。

どうしてあんなことをしたのか、その“願い事が叶う箱”をどうして買ったのか、それが一体どうしたのか。

 

けれども、なぜだか喉まで出かかっているその言葉を口にする事が出来なかった。

待つしかない・・・・志穂が、話してくれるのを。

 

そういった、よく分からないプレッシャーのようなものが、今の僕達の間にはあった。

 

 

無言のまま駅に着くと、僕は切符を2枚買おうと、切符売り場に向かい、お金を入れた。

すると、志穂が僕のシャツのすそを引っ張り、首を振った。

 

「・・私・・今日は、ちょっと寄り道して帰りたいの。だから・・悪いんだけど、先に帰っててくれない?」

 

寄り道?一体どこに?

そう思っているのに、唇が勝手に言葉を刻む。

 

「分かった。じゃあ、先に帰ってる。」「・・・・・うん。ごめんね。」

 

複数ボタンを押そうとしていた指が、なぜかむなしく感じられた。

志穂は、僕と目を合わせて喋っていなかった。

 

 

切符を改札の人に見せ、志穂が僕と別の方向のホームへと歩いていく。

人に紛れ、見えなくなっていく志穂の背中。

 

いいようのない不安。

それを感じた僕は、自分でも気付かないうちに叫んでいた。

 

「志穂!」

 

周りの人たちが、ちらりと僕を見ては通り過ぎていく。

 

「帰って・・くるよね?」

 

さっきとは違う、小さな声。

遠い志穂には、聞こえなかったかもしれない。

 

う  ん  。

 

志穂の口が、そう動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない部屋。

時計の秒針が、チク、タク、チク、タク、と響く。

いないのは分かっていても、志穂を探してしまう。

テレビをつけて、賑やかな声が聞こえてくると、なぜか不安を感じて消してしまう。

 

太陽が、東からどんどん西へと移り、夕日が差し込んできても、志穂は帰ってこなかった。

後悔が、次々と襲ってくる。

アノトキ ドコニイクノカ キケバヨカッタ。

アノ“ハコ”ガ イッタイナニヲ シメシテイルノカ チャントキケバヨカッタ。

 

そのときだった。

ガチャン、と玄関の鉄の扉が開く音がして、僕はずっと座っていてしびれた足を、少しひきずりながら玄関に向かった。

 

志穂。

志穂が、僕に向かって笑った。

 

「ただいま・・・どうしたの?なんかあったの?」

 

きょとん、と僕を見て志穂はいい、靴を脱いであがってきた。

 

「そんな死ぬほど心配そうな顔して・・私が帰ってこないかもしれない、とか思ってたの?」

 

志穂が言い終えるか言い終えないか、僕は志穂を抱きしめていた。

ただ、志穂が帰ってきたことに安心した。

志穂が帰ってきてくれたことに、嬉しかった。

志穂が、僕の腕の中にいることに、本当に安心した――――――。

 

「やっ・・やだなあ、もう・・」「・・志穂・・」「・・・・もう!いきなり抱きしめるなんて・・びっくりしたよ。」

 

照れくさそうに志穂がいい、僕は志穂を抱きしめていた腕を緩めた。

 

「・・おかえり。」「・・・・・うん・・ただいま。」

 

志穂が向きを変え、こっちに顔を寄せる形になる。

もう一度腕に力を込め、今にも唇が重なりそうになったとき――――――――

 

RRRRR・・・RRRRR・・・。

携帯電話が鳴った。

 

「・・・・・・・・」「・・・・・・・・」

 

2人で、リビングの方を見る。

それは、他の人から見ればとても間の抜けた顔だったと思う。

 

テーブルの上の携帯電話を手にとる。

 

「・・・はい・・・あっ、部長!」

 

電話をかけてきたのは、部長だった。

確か、前にも一回こういうことがあった気がする。

そして、部長が僕の携帯電話に電話してくることは、実は滅多にない。

そういうときは、いつも、必ずっていいほど・・

 

「え゛ぇ゛!?ぼ、僕がですか?そんな、どうして・・・」

 

悪いお知らせ。

今回もそのジンクスは当たった。

 

『そーよ。今日剛田に聞いたら、あんた今日筋トレサボったんだって?』「・・・う゛っ・・」『だから、悪いけど明後日運ばれてくる新しい機材、あんただけでバラシとかお願いね。がんばってちょーだい。』

「ち、ちょっと待ってください!確かに今日僕はサボりましたけど・・・・・」『はい、文句言わない!映研鉄の掟、映研の活動をサボった奴は、あたしの命令に従う!!分かってるでしょう?』「・・・で、でも・・

今日部長だっていなかったじゃないですか・・・・」『あたしは、“かこひめの寝屋”のフィルム持ってる二村にちょっと借りにいったの!今日、あいつ風邪とかで休んでたし・・本当、健康管理がなってないんだから・・定食屋が実家なのに、あいつなんにも作れないで。この間なんて、オムレツがスクランブルエッグになっちゃったのよ?』「・・・・・部長。」『なに?』「二村とのノロケですか?」

 

部長は、“かこひめの寝屋”が完成した日から、二村と急激に仲が良くなった。

勿論、そのせいで二村が剛田先輩達の「お気に入り」になったのは、言うまでもない。(僕は助かるのだが)

でも、まさか二村が部長を好きだったとは・・・・。

 

『な、なに言ってるのよ!そんなワケないじゃない!』「でも、二村の家って大学からすごく近いし・・フィルム借りるだけなら、30分くらいで済むんじゃないですか?まさか・・二村の事ずっと看病してたんじゃ?」『・・・あら、そろそろニュースの時間だわ。もう6時ね。じゃあ、明後日よろしく・・』「あっ、逃げないでください!」『それじゃあねー。』

 

プツッと、電話が切れた。

 

「・・・遥さん、なんだって?」「え?ああ・・今日サボった罰に、明後日来る新しい機材のバラシやっとけって・・・」「ほーら。サボったから、きっと罰が当たったのよ。」「あっ、志穂まで!」

「ふふふふふ・・ウ・ソ。大変だね・・よかったら、手伝いにいってあげようか?」「・・・・志穂・・うん。手伝ってくれる?」「・・・よし、志穂ちゃんが手伝ってあげましょう!今日のお礼もあるしね。」「へへへへ・・」「さて、もう6時だし、カレーそろそろ作ろうかな。君、悪いけど玉ねぎの皮むいてくれる?2個ね。」「うん。分かった。」

 

志穂が髪を1つに束ね、エプロンをつける。

さっきのことで、なにか言われるかなと思ったけど、あまり気にしてないみたいだ。

2回目のキスになるかな・・・と、少しは期待していたのだが。

 

前、二村が家に遊びにきたとき、「なんか志穂ちゃん、新妻みたいだね。」といわれたことを思い出した。

 

「・・なに?ニヤニヤ笑っちゃって・・」「・・ううん、なんでもない。」「なーによぅ。気になるなぁ・・」

 

玉ねぎの皮をむきながら、僕は色々なことを思い出していた。

志穂との思い出。

 

志穂が病院から初めて帰ってきたとき(落ちた時のショックで、一度病院に運ばれた。)、僕は嬉しいやらなんやらで泣いてしまったこと。

映画が完成したあと、皆の前で「志穂のお気に入りの角度」でキスしたこと。

そして、あらためて同棲・・することになって、しばらくの間2人ともギクシャクと、緊張していたこと。

 

でも、今日の事。

あれは、一体なんだったのか・・。

 

 

「・・ねぇ。」「ん?」「今日のこと・・なんだけど。」「・・・あ、う・・ん。」

 

思いがけず志穂に聞かれ、僕は変な返事をしてしまった。

 

「本当にごめんね・・。あんなことして、君がどれくらい心配してくれたか分かってる。でも、私、ちゃんと話すから・・今日だけは・・」「今日だけは・・?」「・・・恋人同士でいさせて・・」「え?」

 

よく意味がわからない。

“恋人同士でいさせて”・・・・?

どういうことなんだろう。

今でも、僕達は恋人じゃないのか?

 

聞きたかった。

でも、志穂のなにを考えているのか、悲しそうな泣きそうな顔を見ていると、意味はまだ聞かないほうがいいか、と思った。

 

「・・・・・勿論、いいよ。」「うん。ありがとう。」

 

そのとき、玉ねぎの皮を丁度剥きおわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂上り。

僕は、なんとなくベランダに出た。

 

空には、綺麗な満月が輝いていた。

 

「・・・あれ、どうしたの?ベランダなんか出ちゃって。」「うん・・・志穂もおいで。月がすごく綺麗だよ。」「分かった。じゃあ、ココアかなんか入れてくね。待ってて」

 

僕は、満月を見ていて、あることに気が付いた。

満月を見るのが、久しぶりだということに。

「僕が見なかった」のではなく、「満月が見えなかった」のだ。

満月の夜は、ずっとこの頃曇りが続いていた。

僕はよく窓から空を見ていた。

 

「はい、おまたせ。」「ん、ありがとう志穂。」「いえいえ。」

 

志穂が僕の隣に座る。

 

「・・・本当だ。すっごく綺麗。」「でしょう?満月見るのって、久しぶりだよね。」「・・・そうだね。」

 

満月を見ていた僕は、そのときの志穂の表情が分からなかった。

うつむいて、何かを思いつめた表情。

 

「志穂と暮らすようになって、初めてかもしれないね・・」「うん・・・・」「どうしたの?元気ないな・・・具合、悪いの?あ、もしかして寒い?」「ううん、違うの。なんでもないの。」

「なんか・・こうやってずっと月を見てると、美月さんを思いだすな。」

 

志穂が驚いて顔をあげる。

 

「ほら・・僕達が屋上から飛び降りたときも、満月だっただろ?」「・・・うん。そうだったね。」「志穂は、ちゃんと美月さんのこと覚えてるんだよね。」「うん。ハッキリ、覚えてる。」「あのときのこと・・

今更言うのもなんだけど、あれでよかったのかなって思うんだ・・。」「・・・・え・・」

 

「あのときはさ・・僕は、“志穂”を取り戻すためだけに、屋上から飛び降りたりして、ショックで“志穂”を取り戻した。その前に、森崎先生とかのビデオを見せて・・美月さんをあおって・・」

「・・・・・・」「ただ、美月さんは“志穂”を守ろうとしてたんだよな。確かに、その手段はいいとは言えないよ。でも、僕だって“志穂”を守る事に、あんな危険な目にあわせた。部長達がマットを敷いていてくれなかったら、今僕達はここにいないんだから。」「・・・・・・・」「それを、僕はあんなふうに・・美月さんを押さえつけるように、その存在を否定するようにしてしまった・・・・今、“志穂の中の美月”さんは眠ってるんだよね。だから、志穂にしかいえないけど・・美月さんに、直接このことを言って、謝りたかったんだ。」「・・・・・・・・」

 

志穂がうつむく。

そして、うつむいたかと思うと、いきなり立ち上がって、こう言った。

 

「ねぇ・・今から話すこと、信じてくれる?」

 

僕は、いきなり志穂が言ったのでびっくりしたが、自然にこう答えていた。

 

「うん。志穂のいうことを、信じるよ。」「・・・ありがとう。あと、もうひとつ・・」「え?」

 

「今までの私が、“本当の志穂”じゃなくて、“偽者の志穂”だとしても・・そして、明日からは“本当の志穂”になっても・・あなたは“本当の志穂”を愛してくれる?」「・・・・・」

「大切に・・してくれる?」「・・・・・・」

 

僕は、志穂の言っていることが、よく分からなかった。

“本当の志穂”?“偽者の志穂”?

今までの志穂が、“偽者の志穂”?

どういうことなんだろう。

 

僕は考えて、志穂にこう言った。

 

「よく分からないけど・・今の“志穂”が“偽者の志穂”だとしても、これからの“志穂”が“本当の志穂”だとしても・・僕は、“志穂”を愛すと思う。“志穂”を大切にしたいと思う。」

 

そのとき、時計の針がAM0:00を丁度さしたことを、僕は知らなかった。

 

「・・・・本当に?」「うん。約束するよ、志穂。」「・・・・・分かった。」

 

そして、志穂は満月を見ながら話し始めた。

 

「・・・・・私は・・・“志穂”じゃないの。」「・・・・・・・え?」「ごめんなさい、黙って聞いて。私・・私の本当の名前は、“赤坂美月”。“赤坂志穂”の姉、“赤坂美月”なんです・・・」「・・・・・・・・」

 

分からない。

本当に分からない。

 

僕の目の前にいるのが、“赤坂美月”。

“美月”さん?

 

じゃあ・・・

―――――――――“赤坂志穂”は?

 

「・・・でも私は、“赤坂志穂の中にいる赤坂美月”じゃない。私は、志穂の中にも、どこにもいない“赤坂美月”。」

 

僕は黙って聞いていた。

 

「・・・・屋上から落ちたあの日・・・実は、“志穂”も、“志穂の中にいる美月”も、本当は目覚めなかったんです・・病院に運ばれた時点では。そのままでは、“志穂”がショック死になってしまう・・

だから、本来なら、この世にはいない私が、代わって“志穂”の中に入った・・勿論、そのすぐあと、ちゃんと“志穂”だけが目覚め、私は“志穂”と入れ替わるつもりでした。」

 

「でも・・・・」

 

志穂がこっちを向き、そしてまた空を見上げた。

 

「・・・・満月が出るまで・・私は帰れないことになっていたんです。神様が、勝手に行動を起こした私に、罰をあたえて・・。そして、今日まで、一回も満月が出なかった。だから・・」

「・・・・・」「・・・・だから、私は帰れなかったんです。そして、“志穂”にも入れ替われなかった・・もしもあのまま入れ替わっていたら、私は俗に言う“幽霊”になっていたから・・・・・」

 

淋しそうに話す志穂・・いや美月さんの目は、嘘を話しているように見えなかった。

本当のことを話すしかない・・そういう目をしていた。

 

「あと、あなたには本当のことを話さなくちゃいけないと思うんです。私が、自殺した理由・・今日の“願い事が叶う箱”・・・。」「・・・・・うん・・。」

 

 

「私と志穂は、15才のときに、長野から上京してきました。両親が生命保険に入っていてくれたから、金銭面では不自由はなかった。ここまでは知っていますよね。

そして、私と志穂の高校の入学式の前日、本当の引っ越し祝い、と銘うって、2人で街に出かけたんです。そこで、今日買ってきた“願い事が叶う箱”と同じ物をを雑貨店で見つけて・・私と志穂で1つずつ買い、家に帰ってから願い事を書いたんです。そのときは2人で見せ合いっこをして、志穂の願い事は、“お姉ちゃんとずっと仲良く暮らせますように”、私の願い事は、“志穂ちゃんとずっと仲良くいられますように”でした。」

 

「でも・・・・」

 

そこで、美月さんの表情が暗くなった。

 

「知っているとおり・・私に恋人ができました。それで、私と志穂は少しずつ離れていったんです。けれども・・その人とつきあって何ヶ月か忘れましたが、暴力をふるわれるようになった・・。

お金をせびられ、あのときは本当に辛かった・・そして、苦しかった・・・。」

 

「そういう噂を聞いたのか、志穂は私に“大丈夫?”と、“あのひとと、上手くいってる?”と言ってくることが多くなりました。でも、私はいつも弱みをみせないように“大丈夫たよ”、“とっても上手くいってるよ”と答えていました。そのうち、その人は新しい彼女ができたみたいで、私に別れ話をもってきました。私はそのとき既に身も心もボロボロで・・すぐに別れました。」

 

「それからなんです・・志穂に“男と話しているだけ”で暴力を加えるようになったのは。志穂が男の人を見ている、それだけでも私は志穂を叩いたり殴ったりの暴行をして・・志穂はだんだん、元気がなくなっていきました。それでも、志穂はまだ男とつきあっていた・・。でも、ある日私が、自分の心のうちを全部話す気になったんです。」

 

「全部話した日・・志穂はずっと私の傍にいてくました。励まして、そしてなぐさめてくれました。それで私は、少し立ち直ったんです。けれども、やはり立ち直ったといっても、志穂が男の人と話すとやっぱり叩いたり殴ったり・・。」

 

「そして、志穂が高校の文化祭の準備で少し遅くなった日・・志穂は佐久間という人に、夜遅くなったから、家の前まで送られてきました。それを見て、私はまた元に戻ったんです。志穂が男の人と楽しそうに喋っている・・楽しそうに手を触ったり繋いだりしている・・許せなかった。」

 

「きっと私は、“志穂を男から守る、男なんかの悩みで志穂を辛い目にあわせたりはしない”が半分と、“妬み、嫉妬”で志穂に暴行していたのかもしれません。あの子は本当にいい子だったのに・・こんなことで更に苦しめさせてしまった・・・」

 

「そんなとき、私は“願い事が叶う箱”を思い出したんです。あの中身を、なんとなく見たくなった・・私は、自分の箱をまず開けて、中を見ました。そして、次に私は志穂の箱を開けた・・・・。

私は、中は前のままだと思っていました。でも、実際は違った・・。真新しい紙に、こう書いてあったんです。“今一番大切な人と、ずっと一緒に、ずっと愛し合っていけますように・・”。」

 

「“男のことだ”」

 

「私は志穂にそれで失望しました。もう怒り、妬み、悲しみ、孤独感、すべてが混ざり合った感情を無くしたくて・・・・“美月”をここから消しました。」

 

「私は、そのあと・・こんなふうになれたんです。神様の元にいけたんです。でも・・私の中の“美月”は・・“憎しみ、狂気”ということで“志穂”の中に残ってしまった・・・・・。

あの心は、生前の私の心・・・・・。それもみんな、私のせいなんです・・・だから、“志穂の中の美月”を、私は一緒に連れて行くつもりです・・。」

 

そこまで聞いて、僕はよく分からない感情を抱いた。

“今までの志穂”は、“志穂”じゃなくて“美月”さんだった。

“志穂”は本当に“願い事が叶う箱”に佐久間さんのことを書いたのだろうか。

いや・・・僕は、“本当の志穂”の記憶の中にいるんだろうか。

でも、どうして“美月”さんは“願い事が叶う箱”をまた買ったのだろうか。

 

“満月の出る日に帰る”のなら・・もしかして・・・!?

 

「志穂・・いや、美月さん!もしかしてあなたは、今日・・」「そうです。今日あなたが“ぶつかりそうになった人”は、そのための使者・・・私は、今日、夜の明けないうちに帰らなきゃいけないんです。

ごめんなさい・・今までずっと、言おうと思ったんです・・何度も。でも、言えなかった。“志穂”じゃなければ・・“志穂”のままでいなくちゃ・・あなたに・・嫌われてしまうと思ったから・・。」「え・・・?」

 

「私・・私は、あなたと暮らすようになってから・・ずっとあなたが好きだった・・・だから・・だから言えなかった・・。ごめんなさい・・っ。」

 

そう言って僕の方を向いた彼女は、ぽろぽろと涙を流していた。

僕は、どうすればいいのか分からなかった。

言葉が見つからなかった。何か言ったら、それは彼女にとってすべて慰めにしかならない・・・。

行動が浮かばなかった。抱きしめたり、涙を手でぬぐったりしたら、それは、彼女にとっては・・・。

 

「・・・志穂は、ずっとあなたを思いつづけています。志穂は、今までの事すべてを知っています。覚えています。だから・・1つ、お願いがあるんです。」

 

そう言うと、美月さんは何かを言おうとした。

でも、そのとき。

 

志穂の体が、透けてきたのだ。

 

「!!」「・・・・・っもう、時間が・・な・・い・・っ」

 

次の瞬間、ふっと、糸の切れた操り人形のように、志穂が倒れこんできた。

 

!? 美月さん!?美月さん!!」「・・・・・・・」

 

“大丈夫・・志穂はもうじき目覚めるから・・ごめんなさい、私はもう行かなくちゃ・・でも、私のお願い、聞いてください・・・”

 

何もない、ただ満月が輝いている空から声がした。

 

“願い事を叶う箱・・大切にしてください・・”

 

 

 

 

 

 

静寂が訪れた。

僕はあのあと、何度も美月さんの名前を呼んだが、返事は返ってこなかった。

 

泣いた。

なぜだか、心の奥から出てくるような、涙が、僕の頬を伝った。

涙しか、この気持ちを表せないというように。

 

そして、ふと見た志穂も泣いていた。

まだ目覚めない志穂が。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

僕らは、一晩ずっと泣きつづけた。

 

                                                                                              エピローグに続く


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