16.芦屋市清水町9の道標(不明になった)

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2022年3月追記。店舗が無くなり当然の如く道標も不明になっていました。何処かに保存されている事を願います。

芦屋市清水町9−5 国道2号線北側古美術商の店頭に南を正面に建つ
五角柱で、正面に稜線が見えるため、右正面と左正面が見える。
(平面図は、正五角形でなく、四角柱の正面中央を前にせり出しており、将棋の駒形風)
尖頭型五角柱 高さ160x各面幅(左正面より右回り)23x23x16.5x35x16.5p(頂高4p)(基部8p高さに含む)
N34.729751 E135.29645


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写真gimg6767

写真gimg6763

写真gimg6762

南東面(右正面)
┌――――――――――――――――――――┐
│         天王寺        │
│(右差し指像)■            │
│          すてー志よん    │
└――――――――――――――――――――┘

南西面(左正面)
┌――――――――――――――――――――┐
│         四天王寺       │
│(左差し指像)◆            │
│         かう志んだう     │
└――――――――――――――――――――┘

西面
┌――――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘

北面
┌――――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘

東面
┌――――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘


(■部はTENNOJI STATION 横書き2行。)
(◆部はSHITENNOJI KOSINDO 横書き2行。)
(お聞きした所、商品とのことであるが半分趣味も入っているとのことであった。又東隣にあった藩領石は現在神戸
 市域に移設され、芦屋市内ではないが此処に取り上げた。「神戸市東灘区森南町の藩領石」を参照下さい。)
(天王寺ステーションの表現は明治期のものであろうか。wiki「天王寺駅」に、「大阪鉄道が明治22年(1889年)
 湊町−柏原(大阪府柏原)開通時に開業」とあり、これを示すものであればそれ以降の建立となろう。)
  庚申堂が左で、天王寺駅が右となりそうな地点を明治41年測図の地図で探すと、
 大阪市天王寺区堀越町8−18、谷町筋から東の庚申堂へ入る辻
N34.651056 E135.513931
 の南東部辺りに北面がふさわしいか
 或いは一つ南(60m)の、大阪市天王寺区堀越町10−16の辻
N34.650478 E135.513804
 の、現在案内板のある辺りかもしれない。)
(台座或いは、塔、竿部が四角でないものは珍しく、
 1.茨木市安威墓地の道標
 2.豊能町牧梅相院の地蔵道標
 等がある。)

写真gimg6773 写真cimg5982 写真cimg5983
【1.道標を北に望む 【2.道標南西面上部 【3.道標南東面上部
 背後に国道2号線  アルファベットは  「すてー志よん」は
 北は店舗の窓】  ゴシック体であろう】  「ステーション」で駅】

写真cimg5981
【4.道標上部を北に望む
 手前が南となり頂点から
 南稜線は15pある】

写真gimg6494
【5.芦屋市の道標】

写真iimg3361
【6.2022年3月の様子
 電柱の右にあった
 店舗も道標も無し】
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