9.神戸市灘区八幡町1の道標

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神戸市灘区八幡町1−9−7 阪急六甲駅東踏切の東150m三ツ辻の南50mの四辻北東部に南東を正面に建つ
(マンション前の植込み、南に病院あり)
自然石 89x31x27p
N34.720071 E135.236994


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南東面
┌─―――――――――――――――――┐
│すぐまや道             │
└――――――――――――――――――┘

北東面(写真無)
┌─―――――――――――――――――┐
│(不明)              │
└――――――――――――――――――┘

北西面
┌─―――――――――――――――――┐
│(なし)              │
└――――――――――――――――――┘

南西面
┌─―――――――――――――――――┐
│こ禮より              │
│ 四十三丁             │
└――――――――――――――――――┘
(「禮」は「れ」)


(『神戸の道標』山下道雄、神戸新聞、1985年刊には未記載)
(バランスの悪い道標である。行き先面より、横にある距離の方が広い面となっている。ある意味行先は必要なく、
 距離が第一目的の道標であった様に感じる。ここでは行先を正面とした。)
(ここからの摩耶への経路が難しいのであるが、次の前提で調べてみた。摩耶は摩耶山天上寺とし、参拝口は現在の
 摩耶ケーブル駅西の登山口とした。此処に十七丁の丁石があるので、43−17=26丁(2.8km)であれば正し
 いとする。明治の地図で間路以上の道で最短経路とする。
 想定経路、当辻から西へ160m、八幡神社に当たり神戸六甲線を北へ阪急を渡り六甲登山口バス停460mから(今は
 道がない)西に折れ篠原2丁目710mへ出て南折れ30mで西折れ、六甲川西杣谷通り900mを越え道なりに上野中学
 校の南東四辻1,340m、ここから旧道はないが、中学校を抜け薬師通り二丁目から五毛通り二丁目1,750m、高尾通
 り三丁目1,970mで今の道に出て南西へ直進して高尾通四丁目4の三ツ辻で2,220m、北に折れてクランク状に進み、
 十七丁丁石2,480mに到達となり300m程足りないがほぼこの経路(篠原村通過を避ける南の経路なら200m)であ
 ろう。よって現在地点に有ったとして良いと思う。次にこの辻から進む向き「すぐ」を考えてみる。
  現在は建物に沿って置かれともすれば「すぐ」が北を指している様に見えるが、上記経路検討の結果、西を示し
 たはずで向きが時計回りに45度程度回されていて、刻印面を考えると辻の北西部に置かれていたとしたい。尚、北
 に進むと、現在の山麓線を越えた赤松町二丁目あたりで接続する道が無くなっている。)
(摩耶を示す道標は、南130mに「八幡町交番南の道標」、330mに「八幡町3南福寺地蔵の道標」がありこれらは
 北西の篠原村中に入らず村外れの南西部(現、篠原中町4丁目6)を指しているように見える。
 離れて約1km「備後町1の道標」があり、移設元が不明の為どの道を指すか明確でないが、上記二基と同じとした。
  この道標から上記の道へ進むためには、西の八幡神社に突当り南へ70m程度遠回りしなければならない。これが
 前述の「篠原村通過を避ける」経路(誤差2丁)にあたる。近世の道標は村中通過を避ける傾向がまま見られる。)

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【1.道標を北に望む 【2.道標を東に望む 【3.道標を東に望む
 左奥、阪急神戸線へ  右、JR六甲道駅へ  北東面は壁に接し
 左(西)八幡神社へ】  奥(東)石屋川へ】  見えない】

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【4.道標南面拡大 【5.道標南東面拡大 【6.道標南面拡大
 左(北)の道は  「春く まや山」は  「これより四十三丁(4.7km)」
 山麓線辺りで終】  西への道を指すか】  は篠原村を通過するか】

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【7.神戸市東部の道標】
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