Short Stories in Cambodia
カンボジア話


-by tomoko-



シャムリアップでホテル 探し

若かったころはエアーだけとってホテルを何も決めないで日本を発ったことも多かった。でもネットでいくらでもホテルを予約でき ることもあり、さすがに近年 は事前に日本で予約して行く。なのに今回、特に意図なく、ホテルの予約をとらないでシェムリアップに入ってしまった。
シェムリアップの空港で頼んだタクシーのドライバーは名前をシンといった。どこのホテルへ?とシンから訊かれ、ここでインドでの経験が頭をよぎる。決まっ ていないと言ったら最後、運転手が結託している宿に連れて行かれマージンの乗った宿代を払うことになってしまうのだ。予約していないのにしている振りをし てシェムリアップ川沿いの50ドルくらいのミニホテルの名を告げる。予約してある?と訊くので、小さな声で、してある、と私。さらに、もう払ったの?と訊 くので、心弱いわたしは、まだ、とつい言ってしまった。すると、25ドルも出せば街の中心近くで結構いいホテルに泊れるよ、と言う。ええい、ままよ。その 結構いいホテルとやらに連れて行ってもらおうじゃないの。
オールドマーケット周辺は夜も旅行者で賑わい、宿をとるにも便利なエリアだ。ああ、なのになのに、ことごとく満室で断られてしまった。明るいうちの着いた のにだんだん夕闇が迫ってくる。シンは根気よくいくつものホテルをあたってくれ、ようやく空きのあるホテルを見つけてくれた。部屋を確認して、OK。もち ろんコミッションはなし。シンは親切だった。疑ってごめん。ここはインドとは違うんだね。
私たちの明くる日からのトゥクトゥクの予約をしっかりとって、シンは帰って行った



車とバイクと自転車とトゥクトゥク

シェムリアップの街には車とバイクと自転車とトゥクトゥクがひしめき合っている。だから、交通量の多い交差点にはやはり信号機 がついている。
停電している時にそんな交差点に車で入った。車やトゥクトゥクが入り組んで止まってしまった交差点からいったいどうしたら再び動きだせるのか。信号機は消 えているから、交差点通過はドライバーの譲り合いの精神にかかっている。でも、みんなが譲ってばかりいてはコトは解決しないのだ。
ドライバーたちは、譲り合いながらも同時に自分が先に進むんだという強い主張をハンドルやアクセルさばきで表現する。私たちの車は四方からの車の渋滞で固 まってしまっていた交差点を、ようやく奇跡のように脱出した。
そういえばカンボジアの信号機は、停電していない時に限るが、シェムリアップでもプノンペンでも、3つの色の信号機の横に数字の数がだんだんに減って行く 電気の表示がついている。信号が青の時は青い色で、赤い時は赤い色で残り秒数が表示される。黄色の時でさえ黄色い色で。



レストランでの停電

シェムリアップでは、節電のためか電力供給の問題からか、滞在中、夜になるとたまに停電した。まあ昼間は停電していても、外を 出歩いていることの多い旅行 者は、あんまり気がつかないのかもしれない。
夜レストランで食事をしていて、急に真っ暗になる。食事客の口々から、お〜、という低い驚きとも嘆きともつかない声が漏れる。
途上国の旅行に慣れているのか店内のいくつかのテーブルでは懐中電灯が点けられた。こんな時懐中電灯はどこに向かって照らすか。答は天井。反射してほの明 るくなる。
店のスタッフが手分けをして、各テーブルにろうそくの火を配り始める。
店の奥から順に配られ、オープンテラスのように道路に少しはみ出すように置かれた私たちのテーブルにもう少しで届こうというタイミングで、電気が復旧。客 からはまた小さな歓声があがる。
スタッフたちは、ほっとしたような、せっかく配ったのにちょっと残念、みたいな、複雑な微笑を浮かべながら、ろうそくを回収して行く。



不思議なガソリンスタンド

シェムリアップでは、いわゆるガソリンスタンドはたぶんひとつも見なかった。車やバイクは主に電気を燃料としている、というわ けではもちろんない。いった いどこで給油しているのか。
私たちを乗せたトゥクトゥクの運転手は、走り始めてほどなく、ちょっと給油、と言って、パラソルで日陰を作ったキオスクの簡易版みたいな店になぜか立ち 寄った。すると店のおばさんが瓶入りの黄色い液体を持って来て、漏斗を使ってオートバイのタンクに流し込んでいる。ガソリンだ。
そういう目で眺めてみると、街の中ではそこかしこでガソリンが売られていることに気がつく。手回しのレバーをまわして給油する方式のガソリンのドラム缶を ひとつかふたつ店の前に並べているところもある。でもそんな立派な?ガソリン屋さんは少数で、ほとんどはガソリンを透明のガラス瓶に詰め替えて、コンビニ の新聞のラックみたいな簡単な什器に並べている。そんな店が街中にいくらでもあるのだ。容量がちょうどいいのかジョニーウォーカーの瓶を多く見かけた。ラ ベルなどなんにもついていないのがほとんどだが、まだ真新しいジョニ赤やジョニ黒のラベルが輝いているものも。
郊外へ行く道路でも給油は道端の掘建て小屋が頼りだ。掘建て小屋よりももっと簡易な、日本でも田舎に行けばたまに見かける無人野菜売り小屋みたいな、そん な小屋に透明瓶入りのガソリンが数本並んでいる。
いまは乾期。カンカンと日が照っている。


ある朝のプールサイド

ホテルにはプールがあり、昼間はそれはそれは暑いので、特に欧米人の宿泊客がプールの中で遊んでいたりプールサイドで寝そべっ て本を読んでいたりしてい た。
ホテルのレストランはプールに面していて、泳いだりはしなかったが、私たちは毎朝プールに一番近い席で朝食をとった。朝食のメニューはウエスタンスタイル とアジアンスタイルから選べ、ウエスタンスタイルは卵の焼き方を、アジアンスタイルはチャーハンかヌードルを選べた。
ある朝、ウエスタンスタイルでオムレツにぱりっとしたバゲットを食べながら紅茶を飲んでいると、ひとりの女性が水着にバスタオルを巻いて客室棟から出てき た。シャワーで体を濡らしおもむろにプールに入ると、不定形なプールを器用に四角く泳いでいく。まだ涼しいこの時間、彼女のほかにプールには誰もいない。 その代わり、ギャラリーよろしく私たちともう2組がレストランのプール側の席に座っている。繰り返し何周も続けて泳ぎ、そして彼女は水から上がりプールサ イドで少し休んだあと、また客室棟に消えていった。プールは何事もなかったように水面を静かに揺らしている。客室棟から現れて消えるまで、彼女から目を離 せなかったのは私だけだっただろうか。。あ、彼女はスレンダーな金髪美人ではなくふつうのアジア人だったことを、誤解のないように付け加えておく。何の誤 解だか。。



ホテルスタッフは日本語好き


シェムリアップで泊まったホテルは、部屋も悪くなかったしみんな感じのいいスタッフで、滞在中気持ちよく過ごすことができた。
この街には日本語だけでも過ごせてしまうような日本人客ばかりのゲストハウスもあったりするらしいけど、海外に来てまで日本人ばかりに囲まれて過ごすのは つまらない。
泊まったホテルのスタッフの一人の女性は日本語を勉強しているという。先生はヤマモト先生で発音に厳しいのだと教えてくれた。それでもやはりここは海外、 私が知っているカンボジア語は「アークン(ありがとう)」くらいのものだから、いつも通りに英語でコミュニケーションをとっていた。
ある時フロントにいる彼女に英語で話しかけると、隣にいた男性スタッフが、日本語で話してやってよ、彼女はその方がうれしいんだから、と彼女をからかうよ うに言う。彼女はもちろん英語も話すが、日本語で話したいのだ。英語ができない日本人も多いがそれでも日本語ではなかなか話してくれない。もっと日本語で 話したいのに、とちょっと寂しそう。それではと、少しゆっくり日本語で話をした。すると彼女は少し恥ずかしそうにしながらもとてもうれしそうな笑顔をみせ た。



カンボジアはWifi天国


シェムリアップで同じホテルに6泊、プノンペンに移動して1泊と、今回カンボジアで滞在した二つのホテルとも wifiが飛んでいた。パスワードはフロントでメモを渡してくれる。
おかげでホテルにいながら日本にいるのと同様にメールやニュースをチェックし、旅の情報収集も。
ただ、情報収集はともかく、メールやニュースをチェックできるのは善し悪し。できるとなるとやってしまうんだよなぁ。日本から遠く離れた地で、自分の会社 に関わる大事件の一報を、私は日経電子版やロイターの記事で知ることになった。
ホテルだけではない。入ったカフェやレストランのほとんどが、当たり前のようにwifiを提供していた。パスワードを訊ねるとメモを渡してくれる。プノン ペンの空港ではパスワードなしのwifiが飛んでいた。
恐るべし、世界中からの旅行者の数がハンパじゃない観光立国のwifi事情。日本など足下にも及ばない。


シェムリアップのジモティマーケット


シェムリアップにはいくつかのマーケットがあるが、その中でも有名なのがオールドマーケット。いろんな途上国の大きなマーケットと同じように、その街で生 活している人々のための食品や雑貨から旅行者のためのお土産品まで、何でも売っている。魚を並べているエリアのすぐ横で宝石を売っていたりする。とにか く、ところ狭しと、という言葉通り、いろんな物や人が詰め込まれていて、細い通路はすれ違うのもひと苦労だ。
オールドマーケットではものを売っているだけではない。ネイルサロン(サロンといっていいのか)や美容室(室といっていいのか)も同じ空間のなかにある。 オープンな3畳ほどの狭い区画のネイルサロンがいくつかつながってそれぞれの店を開いている。客の爪の手入れをしている横で、ご飯を食べていたりする。美 容室はそう広くない一角の、たいがい2方向がオープンで、壁には鏡がありシャンプーのための流しがありパーマのためのお釜(?)ありと、ひと通り設備も 整っている。そしてどこも流行っているのだ。
この不思議な空間をどういう風に表現したらいいのか。なんとか描写したかったんだけど、たぶんこの文章では伝えられないな、きっと。



アンコールの朝日

アンコールには、美しい夕景が見られることで、あるいは、美しい朝日や朝焼けを見られることで知られるところ がいくつかある。
朝日を見るためにはホテルをまだ真っ暗なうちに出発しなければならないし、夕日を見た後は、トゥクトゥクや車の待っているところまで足下の見えない道を 戻って来て、街灯も何もない道をシェムリアップまで戻らなければならない。だから毎日という訳にはいかないし、信頼できる運転手を雇わなければならない。
前日の夕方、早朝にトゥクトゥクでホテルまで迎えに来てもらう約束をシンとした。なのに、約束の時間を10分過ぎても20分過ぎてもシンはやって来ない。 う〜ん、これはどうしたものだろうと思い始めたころ、ようやく彼はやって来た。なぜか車で。そして、いいよトゥクトゥクの値段で、という。寝坊してトゥク トゥクじゃ間に合わないから車で来ただけじゃん。
朝焼けにシルエットが映えるアンコールワットはなかでも人気のあるスポット。そこに行きたいと伝えたが、シンは無言で暗闇のなかを走り続ける。いったいど こへ連れて行かれるのか。。果たしてシンを信じていいのか。。!
ほどなく車が停まった。ここは、いったい。。!?


シンの後をついてまだ暗い道を少し歩くと池に辿り着いた。このあたりで日が昇るのを待ってて。そう言って、私たちを置いてシン は車に戻って行った。
池のほとりの石段に腰掛けて待つ。もしかすると暗闇の向こうにはアンコールワットがあるのかしら。。。
少し明るくなると子供たちが近寄ってきた。手には絵はがきや笛など観光客向けのお土産を持っている。イチドルダケ。ヤスイ。日本語でそう言いながらそれら を差し出して私に見せてくれる。私もつい日本語で、ごめんねいらないの。そう言うと、誰が教えたのか、やはり日本語でイラナクナイヨとすねたように言うの が、かわいいような悲しいような。
ほの明るくなってきた池の対岸に、果たしてアンコールワットの影はなかった。後から地図で場所を確認してわかったが、そこはスラ・スランという、アンコー ルワットから北東に少し離れた場所だった。シンはなぜこんなところに連れてきたのか。。?


だんだん東の空が明るくなり、ピンクともオレンジともつかない色に染まってきた。池には空の色がそのまま映え、えも言われぬ幻想的な情景だ。
うん、うん。シンはやっぱり、いいやつだった。
しかし、肝心の朝日は結構明るくなってきたのになかなか現れない。地平線の近くがガスっててもう日は昇っちゃったんじゃない? 残念。しょうがないかとあ きらめてシンの待つ車に戻った。
車の窓を叩かれて起こされたシンが、どうだった? と眠そうな顔で訊く。朝日は見られなかったよ、私がそう言うのを聞きながら時計をちらっと見た彼は、 ちょっと背伸びをするように池の方を眺めると言った。朝日、今昇っているよ。シンは日の出の時間を知っていたのだ。
ええっ? 振り返る。果たしてほんとに朝日が昇っている。たった今顔を出したという風情だ。池のほとりに走って戻る。
まんまるな朝日が序々に昇っていく。少し高いところまで昇るにしたがい、水面には映り込んだ朝日の長い影が尾を引いている。
朝焼けや夕景を見ようと思っても、かならずすばらしい情景が見られたわけではない。そのなかで、王の沐浴場だったといわれる池のむこうから日が昇るスラ・ スランはとても印象的な朝だった。



遺跡と旅

遺跡を訪ねたのはメキシコのテオティワカン以来。思えばテオティワカンも暑かった。
そうだった。遺跡ってところはあたまの上に遮るものなんか何もなくって、天気がよければいいほど辛いものなんだった。
そして、アンコール。基本的に旅は乾期を選んで行くことにしているから、毎日毎日いいお天気、っていうかほぼ炎天下。たよりになるのはサングラスと帽子だ け。初日にメインどころの大きな遺跡を廻ったら。・・・やられてしまった。旅に出ると、体調を崩したとしても気力でカバーというか、結構元気なほうなんだ けど、最近長時間の炎天下を歩くことなんかないせいか、特に初めの2日くらいはほんとうに参った。これまで旅が辛かったのはインドくらいのものったっだの に。
アンコール、良かったです。とっても。うれしくいくつもの寺院の遺跡を廻りました。・・・でも、当分遺跡はいいかな。。そういえば、テオティワカン行った 時もちょっとそう思ったかも。
















taken by α700


 
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Last updated: Jun 30, 2012
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