前置詞とは
修飾語句として
さまざまな格を示す
どんな前置詞があるのか
前置詞についてのあれこれ
寄り道
前置詞は、ある語句の前に置いてその語句に文中でなにかしらの働き をさせるものです。「なにかしらの働き」ってなに?
本章ではこの前置詞について簡単な紹介をします。
文の要素には主語、述語、目的語、補語などがあります。述語の役割 はふつう動詞が受け持ちますし、主語と目的語は名格と対格で示されま す。それ以外の役割は前置詞を用いて示す、ということになっています。
文の要素には、他に修飾語句というものがあります。修飾語句は文に 彩りを添えたり、ほかの語句を限定して文意を鮮明にしたりします。形 容詞や副詞も修飾語になりますが、場所や時間や状況を示すような複雑 な修飾語句は前置詞などを用いて作ります。
前置詞は後ろに名詞や副詞を従え、句を作ります。「句」というのは 語が集まったかたまりという程度の意味と捉えてください。前置詞が名 詞を従える場合、その名詞は名格(つまり、ふつうの形)とするのが原 則です。
「なんで『前置』なの。どうして語句の後じゃなくて前に置くの」と
いったコワい疑問は持たないでください(持ってもいいし持った方がい
いと思いますが、筆者には答えらないし、誰にも答えられないかも知れ
ません(^^;)
)。
「いろんな」と書きましたが、大きくは(ここで取り上げるのは)次 のふたつです。
「ちょっと待て。いろんな働きをするのはけっこうだが、それらをど う見分けるの? 何か目印でもあるの?」と思ったあなた。あなたは鋭 い。かも知れない。
形の上からは区別はつきません。動詞が特定の前置詞を要求する場合 もありますが、基本的には、いろんな働きの違いは文の《意味》による 違いです。が、人間が普段の生活で使うことばですから、そんなに特別 なことはありません。感覚的に判ったりするものです(たぶん)。
前置詞句は修飾語句として副詞句や形容詞句を形成します。
形容詞句は名詞を修飾し、副詞句は名詞以外の語句を修飾するといっ た意味上の違いで、形の上では違いはありません。見たところ、前置詞 句の直前の語句を修飾する、と捉えておくといいような感じがします。
次のような例を考えてみると――
Taro salutis Hanako-n sur la muro.
surが前置詞で、"sur la muro"(塀の上(で、に、の……))が 前置詞句ですが、これがTaro, salutis, Hanako, 文全体のいずれに係 るのかは、形だけからは判りません。ということは、ひとつの文が少く とも四通りに解釈できるというおそるべき事態が生じます。
判るのは「太郎が花子に挨拶した」ということと(これは文の必須要 素から判る)、「どちらかの少くとも一方は塀の上にいたか、何かが塀 の上で行なわれた」ということ(これはまさに修飾語句)です。
自然言語は本来多義的で曖昧で、つまりひとつの文やことばがいく通 りにも解釈できて、そこが逆によさになっているようなところもありま すが、すべての解釈が同程度の確かさで可能というのは気持悪いです。 差し当たり、「直前の語句を修飾する」と考えておくのがいいように思 います。そうすれば――
前置詞句の位置によって、「妥当と思える解釈」は変わります(変わ らなかったりもしますが)。解釈によって太郎の位置と花子の位置も変 わります。
修飾語句は文の必須要素ではないので、なくてもかまわないし、逆に 必要とあれば(あるいは面白がって)前置詞句をがんがんくっつけて文 の意味を不鮮明にすることができます(もちろん、勧められることでは アリマセン)。
Taro sur la muro cxe la domo sub la ponto trans la rivero apud la urbo cxe la montaro en la kamparo de ...
……なる田舎にある山脈の麓の街の傍をながれる河の向こうの橋の下に ある家の壁の上で太郎は
前置詞は単なる修飾語句を作るだけでなく、述語(動詞)とも密接な 関係を持ちます。
修飾語句は文の必須要素ではないので、なくとも文は成り立ちます。
Taro dormis sur la muro. -- 太郎は塀の上で眠っていた。
Taro dormis. -- 太郎は眠っていた。
しかし次のような文だと――
Mi sciigis tion al li. -- わたしはそのことを彼に知らせた。
Li donis dolcxajxon al sxi. -- 彼は彼女にお菓子をあげた。
"al li"や"al sxi"を単なる修飾語と片づけてよいのかというと、ちょっ と違う気がします。「知らせ」たり「あげ」たりする行為は、それが向 かう先、つまり「誰に向かって(対して)」と明示することが必要に見え ます。
上のふたつの「al 〜」は文法的には「与格」と呼ばれるようですが、 こうした対格以外の格は、エスペラントではことごとく前置詞を用いて 表すことになっています(格については、 第2章の「格と格変化」 を参照)。たとえば、行為の由来を示したり、動作主を示したりす るのも前置詞の役目です。
Mi ricevis la leteron de sxi. -- 彼女から手紙を受け取った。
Cxi tiu libro estas skribita de li. -- この本は彼によって書かれました。
同じ動詞でも、相手への働きかけ方が違えば用いる前置詞も変わって きます。
Mi deziras al vi bonan novajxon. --
あなたによい知らせがありますように。 (あなた宛てによい知らせがあることを望んでいる)Mi deziras de vi helpon. --
あなたに助けて欲しいんだ。 (あなたから助力が得られることを望んでいる)
さらにたとえば、interesigxi(興味がある)やaparteni(属する) という動詞があります。これらの動詞は前置詞句を伴って次のように使 います。
Mi interesigxas pri franca literaturo. -- わたしはフランス文学に興味がある。
Sxi apartenas al tiu organizo. -- 彼女はその団体に属している。
これらの動詞は特に対格を必要しないのでいわゆる自動詞と思えます が、といって"pri franca literaturo"も"al tiu organizo"も修飾語句 と解釈するには少少無理があるようです。
Mi interesigxas. -- わたしは興味がある。
Sxi apartenas. -- 彼女は所属している。
だけでは、何に興味があるのか、何に属しているのか判 らないからです。
このように、動詞の中には(特定の)前置詞を必要とするもの があるようです。
これをまとめて、「格」ということばを持ち出してよければ次のよう に言えるでしょうか。(この部分は筆者の解釈)
では一体どんな格がどれくらいあるのかなどと訊かれると、詳しいこ とは知らないので、どうも腰砕けなんですが。また、いわゆる修飾語句 とされるものも実は何らかの格に属するんじゃないのかという疑いもほ んのり生じてきますが、これについても不明です。いずれその辺りのこ とも勉強したいと思っています(別にエスペラント文法学者になる気は ないんですが)。
この章の表題を「陰の主役」としたのは、上のような事情(述語との 関連で重要な役割を果たす)があるのと、もうひとつ、全部で33あるとさ れている前置詞の多くが多義的で、文脈によってさまざまな意味を演出 するからです。
中でもal, de, enの三つは出現頻度も高く、いずれも多彩と いうか多才の前置詞です。
alは上に述べたいわゆる「与格」を表すほか、移動の方向、 動作の向き、付加、などなどを表します。
deは起点、由来、分離、原因などの他、受動態の動作主を表 したり、「一般的なつながり」を示すのにも使われます。
enは場所や範囲、時や状態を表したり、様子や形態を示すの に使われます。
これほど多彩なものどもを「ああ、そういうのもあるね」で済ませて おいては、この言語の習得に差し支えるんじゃないかと思います。なに しろ前置詞の意味や働きについて解説した かな り分厚い本(日本語)が出ているくらいで、それほど重要な品詞と いうわけです。ちなみにこの本には「ほんらい『格』は前置詞で区別さ るべきものであり、目的語は頻繁に現れるから《対格》という形でいわ ば簡略化して示すのだと考えることもできる」といった、興味深くもオ ソロシイことが書かれていたりもします。
33の前置詞を紹介しておきます。便宜上分類別に紹介しますが、この 分類は筆者の独断によるものです。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
al | 方向、対象、作用、付加 対象に向かう意 |
〜に、〜へ |
antaux | まえ(時間、空間) | 〜の前 |
apud | 近く、傍ら | 〜の傍ら |
cxe | 空間の一点で接する意 | 〜のところ |
cxirkaux | 回りを取り巻く意 | 〜の周囲 |
de | 起点、由来、分離 対象から離れる意 |
〜から、〜の |
ekster | 外部、範囲外 | 〜の外で |
el | 出どころ、脱却、材料 「内から外へ」の意 |
〜から、〜の外へ |
en | 場所、範囲、場合、時、状態、形態 広がりのある対象の内部の意 |
内で |
inter | 複数のものの間 | 〜の間 |
post | あと、うしろ(時間、空間) | 〜の後、〜の後ろ |
preter | 傍を通過の意 | 〜の傍を通って |
sub | より低い位置、下の位置、影響下 | 〜の下(した、もと) |
super | より高い位置、超越 対象に接せず、上の空間に在る意 |
〜の上方 |
sur | 表面が接している | 〜の上 |
tra | 貫通、通過 | 〜を通って |
trans | 向こう側 | 〜の向こう |
postはどちらかといえば「時間的な後(〜した後、〜以後)」の意味 で使われ、空間的な後ろの意味ではmalantauxという合成語が好まれる、 と、ものの本にありました。筆者はpostの方がヨイです。短いので。
ここに挙げた前置詞は、従える品詞が対格であると、その方への 移動を示すようになります。(正確には、 「対格には移動の方向を示す役割 が あり、それに場所を示す前置詞がついて方向を明示する」、ということ になるでしょう)
Kato saltis sur la tablo. -- 猫がテーブルの上で飛び跳ねた。
Kato saltis sur la tablon. -- 猫がテーブルの上に飛び上がった。
Li pasxis en la arbaro. -- 彼は森の中を歩いた。
Li pasxis en la arbaron. -- 彼は森の中へ歩いていった。
Sxi piedbatis pilkon ekster la ludtero. -- 彼女はグラウンドの外でボールを蹴った。
Sxi piedbatis pilkon ekster la ludteron. -- 彼女はグラウンドの外へボールを蹴り出した。
antaux, postには次のような用法もあります。 (第7章を参照)
Antaux ol sxi venis, li ebriigxis. -- 彼女が来るより前に 彼は酔っ払っていた。
Post kiam sxi deiris, li malebriigxis. -- 彼女が帰って行った後、彼は酔いを醒ました。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
kontraux | 向かい合う、対向 | 〜に対して、向かい合って、逆らって |
laux | 準拠、従って | 〜に従って、〜に沿って |
ここの分類では《位置、関係》の仲間に入れてもいいのかなという気 がしないでもありませんが、意味合いが若干異なるかと思い、分けまし た。
lauxは何かあるものに準拠したり依存したりつき従ったりしている意 で使われます。
Li agas nur laux sia deziro. -- 彼はただ自分の欲望のままに(に従って)振舞っているだけだ。
Ni pasis laux la rivero. -- わたしはその川に沿って歩いた。
kontorauxはこれに対し(^^)
、あるものに対立したり向
かい合ったりしている意で使われます。
La arbo staras kontraux sxia domo. -- その木は彼女の家の 向かいに立っている。
Li agis kontraux la ordono de la superulo. -- 彼は上司の命令に逆らって行動した。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
dum | 時間の範囲、持続 | 〜の間 |
gxis | 時間、空間の到達点 | 〜まで |
Dum sxi dormis li preparis mangxon. -- 彼女が眠っている 間に彼は食事の用意をした。
Ni elmangxu tiujn pladojn gxis kiam li revenos. -- あいつが帰ってくるまでにこの料理をたいらげてしまおう。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
kun | 付帯、同伴、一致、取扱 | 〜と共に、〜を携えて、〜と |
sen | 欠如 | 〜なしに |
pri | 関連、関与 | 〜について |
priをkunやsenの同じ仲間に入れるのはわれながら無茶という気がし ますが……。
Ili diskutis pri la problemo. -- 彼らはその問題について議論した。
kunとsenはちょうど磁石のN極とS極のような関係にあります。
Ni vivu kun ili. -- 彼らとともに生きてゆこう。
Mi ne plu vivos sen vi. -- あなたなしでは生きてゆけない。
Mi preferas kafon kun sukero sed sen kremo. -- 砂糖入りの、でもクリームなしのコーヒーがいいです。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
por | 目的、用途、対応、予定の時間 | 〜のために, 〜用に, 〜の間 |
pro | 原因、動機 | 〜のために |
malgraux | 逆接 | 〜にもかかわらず |
malgrauxをこの仲間に入れるのも無茶でしょうか。かも知れません。
Sxi ne sukcese trapasis la ekzamenon malgraux sia peno. -- 努力にもかかわらず彼女は試験に落ちた。
malgrauxはkeが導く名詞節を引き連れることもできます。
Sxi ne sukcese trapasis la ekzamenon malgraux ke sxi penis. -- 彼女は努力したのだけれども試験に落ちた。
proとporは字面も似ているし対応する日本語も似ていますが、よって きたるところはまったくの正反対です。
Sxi laboras diligente por sia estonteco. -- 彼女は自分の将来のために一生懸命勉強している。
Sxi ne sukcese trapasis la ekzamenon pro sia maldiligenteco. -- その怠けぶりのために彼女は試験に落ちた。
同じ意味あいに使えても、ビミョウなニュアンスの違いが出るようで す。
Mi dankas vin por via amikeco. -- 友情に感謝するよ。
(あなたが示してくれる友情に対して感謝)
Mi dankas vin pro via konsilo. -- 助言してくれてありがとう。
(あなたが与えてくれた助言の故に感謝)
ちなみにニュアンスはnuancoといいますが、日本語での意味と違って この語自体に「微妙な差異」という意味を含んでいるそうです。だから エスペラント語で「diferenco de nuanco(ニュアンスの違い)」とは 言わないそうです。ニュアンスなる概念自体にニュアンスの違いがある という……(何を言ってるんだか判らなくなりました)
por, proもke節を携える用法があります。 (第7章参照)
Mi helpu al vi por ke vi sukcesu la ekzamenon. -- あなたが試験に受かるよう、あなたを助けましょう。
Sxi estas malgxoja pro tio ke sia amato forigxis. -- 彼氏に振られたので、彼女は悲しんでいる。
ただしproの場合は上に見るように、pro tio ke 〜としないとならな いようです。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
da | 数量、分量 | ○ da △ の形で、「△が○の数量(分量)」の意 |
po | 単位辺りの分配 | 〜ずつ |
daの使い方は特殊です。次のようにして、先行する数量や分量を表す 語Aと後続する名詞Bをつなぎ、「BがAぶんだけ」「Aという量のB」を表 します。
du litroj da akvo -- 2リットルの水(水が2リットル)
tricent gramoj da viando -- 300グラムの肉(肉を300グラム)
kvin metroj da bendo -- 5メートルのテープ(テープを5メートル)
unu glaso da akvo -- コップ一杯の水(水をコップ一杯)
posxpleno da felicxo -- ポケットいっぱいの幸せ (自信なし(^^;)
)
数量や分量を表す語には名詞だけでなく、副詞なども使えるので、こ れがけっこう使いでがあります。
Kiom da horoj necesos al tiu laboro? -- その仕事にどれだけの時間が必要なんだろう?
Post kelke da silento, sxi ekparolis. -- しばしの沈黙の後、彼女は話し始めた。
poの使い方も特殊です。次のようにして、「単位あたりどれだけ」と いうことを表します。この前置詞はポーランド語などにある前置詞に由 来していると、ものの本にありました。
legi po dek kvin pagxoj cxiutage -- 毎日15ページずつ読む
Mi donis po tri pomoj al cxiu. -- めいめいにりんごを3個ずつ 与えた。
寄り道。
「めいめいにどれだけずつ」とか「単位あたりどれだけずつ」という ことを示したい場合は、ふつう、上の例のように「毎日」とか「各自」 とかいう語句が一緒にいるので、この前置詞がなくても意味は成り立つ、 とも、ものの本にありました。上の例は下のように言っても意味は通じ るというわけです。
legi dek kvin pagxojn cxiutage -- 毎日15ページ読む
Mi donis tri pomojn al cxiu. -- めいめいにりんごを3個(ずつ)与えた。
ということを知って以来、筆者は「poは憶えられなくてもいいや」とた かを括っております(ひどい)。
前置詞 | 意味、働き | 補足/訳例 |
---|---|---|
anstataux | 代替 | 〜の代わりに |
krom | 除外、包含 | 〜のほか |
krom, anstatauxは、ほかの前置詞とはちょっと違うように見えます。 これらは文中のほかの名詞に「ちょっかいを出す」ようなところがあり ます。
Li mangxis supon krom sxi. -- 彼女の他に彼がスープを食べた。
Mi acxetis cxi tiun libron anstataux tiu libro. -- その本の代わりにこの本を買った。
"anstataux tiu libro"はcxi tiun libronに、"krom sxi"はliにかかっ ていると解釈できて、同格と見ることができます。つまり"anstataux tiu libro"のtiu libroは気分的には目的語ですが、 例の《16箇条》から対格にはなって いません。では次の文ではどうでしょう。
Haruko elektis Akiko-n anstataux Natsuko. -- ハルコはナツコの代わりにアキコを選んだ。
「ハルコはナツコを選ぶ代わりにアキコを」(目的語にかかる)とも とれるし、「ナツコが選ぶ代わりにハルコが」(主語にかかる)ともと れます。この曖昧さは次のようにすれば解消できます。
Haruko elektis Akiko-n anstataux Natsuko-n. -- ハルコはナツコを選ぶ代わりにアキコを選んだ。
対格語尾をつければ、目的語Akiko-nに係ることが判ります。これは 例の《16箇条》に抵触するので、本 来「破格」です。でも、おそらくこのような用例が積み重なったのでしょ う。現在ではこれらは「接続詞的用法」と解釈して正当化されているよ うです。
「意味不定の前置詞」とはどういうことでしょう?
《16箇条》に「前置詞は一定の意味を有する」 (第14条)とありますが、33の前置 詞のどれも当てはまらないような時、どの前置詞を使えばいいのか判ら ない時に使うオールマイティの切札がjeです。「融通前置詞」 ともいわれるようです。
とはいっても、用例の積み重ねにより現在では「jeを使う局面」とい うのがだいたい固まってきているそうです。
16箇条の「第14条」には、jeの代 わりに対格を使ってよいともあります。先の例を対格で置き換えれば――
ここでは例を挙げませんが、現実には、あるいは現状では、jeだけで なく多くの前置詞を対格で置き換えることができるようです。
前置詞と対格との関係については寄り道 をしました。
前置詞は通常名詞を従えますが、名詞しかつかないわけではありませ ん。名詞句や動詞不定形など、「名詞相当」の語句を従えることもあり ます。
また、副詞をつけることもよく行なわれます(こんなところにもこの 言語における副詞の重要性が窺えるような気がします)。
Ni frue foriru de tie. -- 早くここから立ち去ろう。
De tiam gxis nun ni pensadis pri tio. -- その時から今まで、ぼくたちはそのことを考え続けてきた。
副詞の後に前置詞をつなげて、一種の慣用句というか「熟語」ができ ていたりもします。
ふたつの前置詞がくっついた、いわゆる「二重前置詞」を形成してい るものがあります。
中には完全に一語になってしまったものもあります。
接頭辞とくっつく例もあります。
前置詞は重要な意味を表し、また多義的であるところから、 接頭辞になるものも多い です。
自身も接尾辞をまとったり品詞語尾をくっつけたりして、 合成語を作ったりします。
そのままで、別の品詞として使われるものもあります。
cxirkauxは「〜の回り」という意味から、 「大体、およそ」の意味の副詞として も使われます。
anstataux, kromは接続詞的に使 われることもあるほか、まさに接続詞として節を従えて使われます。 dum, gxisも接続詞として使われます 。
前置詞と対格が完全ではないにしろ可換である事実は、前置詞の成り 立ちというか、目的語の成り立ちというか、そういうことを考えさせま す。さらには、「自動詞・他動詞の区別は果たして意味があるのだろう か」とも思ってしまいます。
"Kredi je magio"は、英語で言えば"believe in magic"に相当する言 い回しです。krediは他動詞で使えば「Mi kredas sxin. -- わたしは 彼女を信用している」ですが、「〜の存在・実在を信じる」意では前置 詞je(あるいはpri)を用います。この辺は英語と同様だと思いますが、 先に引用したある本には、「対格は 前置詞省略の代用として用いられ、しかもjeよりもさらに意味が広いか ら、意味を先方に通じる上に差し支えなければ"kredi magion"のように 対格を用いてもよいことになる」といった意味の記述があります。
筆者個人はあまり「よいことにな」って欲しくはありませんが、注目 すべきはその直前に「『実在を信じる』は普通の信じるとは意味合いが 異なり、対格では物足りないためjeを用いるものである」とあることで す。この見解を引いてよければ、対格をとるのか前置詞句をとるのかは 意味上からの要請だということにならないでしょうか。
kostiという動詞があります。「値する、〜の値段である」という意味 ですが、ある辞書ではこれを他動詞としています。一方ある文法書では 自動詞的な扱いとしています。用例は以下の通りです。
Gxi kostas dek dolarojn. -- それは10ドルする。
Tiu libro kostas je dek mil enoj. -- その本は1万円する。
もちろんjeの代わりに対格を使えるので、そうすれば上の二つは全く同じ 形になります。
「(直接)目的語をとるのが他動詞だ」というのはそのとおりだと思 いますが、でもその目的語が前置詞句で示すことができるのだとしたら、 「これは他動詞」「これは自動詞」という区別は、いったいどこでつく のでしょうか? そもそも「目的語」とは何なんでしょうか――
と、いろいろなことを考えさせられます。
実際には、前置詞を介さず対格で表現できるのはなかなか具合がよろ しいと思うこともあります。提示された文要素に不足がなければ、後は 解釈の問題だと言ってしまってもいいかも知れず、そうであれば、その 対格が「目的語」なのか「別の格の代用」なのか「前置詞の代用」なの かは、その場での解釈に委ねてしまってもいい、とも言えるでしょう。 カタコトで「ワタシ、スキ、アナタ」と言われたら、大概のひとが「あ あ、この人は自分を好きだと言ってるんだな」と思うようなものでしょ う。あるいはkostiが自動詞でも他動詞でも大した問題ではなく、大切 なのは「いくら」というのが明示されていることのわけです。
なんて考えていたら、『文法の散歩道』(小西岳、日本エスペラント 図書刊行会)という本にまさに「自動詞他動詞の分類は本質的ではない」 という記述がありました。
malgraux, por, pro?, などは、keが導く名詞節を携えることができ ます。こういう使い方を「前置詞の接続詞用法」と言ったりするようで す。
keが導く名詞節は、文の中にしょっちゅうそれ単独で現れます。説明 としては、「keの前に本来tioなどがあるのだが、そのtioが省略されて いる」と説明されることが多いようです(このとき、tioとke節とは同 格)。
それと同じように、
のtioが省略されてmalgraux ke という用法ができていると考えること もできる筈で、そう考えれば「接続詞用法」などを持ち出さなくても済 むのではないでしょうか。
(2001.05.30)
(2002.12.20: CSS対応、加筆修正)