なおなっく物語(番外編)
なおなっく家の人々
6年前に祖母が亡くなったので現在家族は5名である。
なおなっく家は、
父、母
姉、私、妹
の5名である。
父は、兄弟6、7、8名。いまいちわからない。
父の兄弟は、家に寄り付かないでいまいち不明。理由も伏せておく。
母は、10名兄弟の下から2,3番目。
母の実家は、栖本の田舎の山の中で、歩いていくのが大変だったのを思い出す。
五右衛門風呂があり、台所は土間だった。
水は山から引いていて、寝るときは、蚊帳の中。
しかし、家は広い。何もないが、山の中を歩き回ったものだ。
母の兄弟は、九州各地に散らばっているが、ガキの頃はよく集まっていたようだけど、今は回数はすくなくなったがたまに集まっている。仲は良いほうだとおもう。
兄弟は、3人で、仲は良い。
姉は、2つ上であるが、中学を卒業して、鹿児島の高校に入って、その後、大阪に行ったので、小さい時の思い出が多い。
だーらんだー、だーらんだーとチューリップの歌を歌っていたようだ。後、色が黒く、抱っこちゃん人形を持っていた。
背はちっちゃいが、行動力は兄弟の中では一番だと思う。気が強いように見える。
父の一番のお気に入り。父をおだてるのが一番上手く、白々さえ見える。
妹は、豪快なやろうだ。兄弟で1人実家に住んでいて、いわば、人質である。
兄弟で一番元気が良い。
プロレスを良くやっていた。四の字固めは、拒否して足をいつも突っ張っていた。
ソフトをやっていて、4番ピッチャーをしていた。中学最後の大会を見に行ったら、近所のおじさんが審判をしていて、なおなっく、人がたらんけん、審判をしてくれとサード審判をやらされた。そのとき、うちの中学生が大きなあたりをうち、サードできわどい判定になったが、もちろんセーフにした。近所のおっちゃんも私の小学校の時から、審判をしていたが、良く贔屓をしてくれたものだ。しかし、試合は負けた。
私は、中高野球をやっていたが、良く妹は試合を見に来てくれた。
母も含めて、酒好きで、帰省の際は、皆で良く酒を飲んでいる。
私も声は大きいほうで、会社では声が大きいと言われるが、家では静かなほうである。
他が更に声が大きくうるさいのだ。まっこれが、なおなっく家である。
母も最近は、佐伊津弁をしゃべっており、なおなっく家で一番権限を持つ。
父は酒飲みだけど気が小さく、昔家族旅行で阿蘇にキャンプに行ったとき、雷が鳴り、自分だけ車に乗り込んで皆を見放した経緯がある。酒飲むと気は大きくなるのは私と同じだ。
私は、小さい時は、母に似ていると言われていたが、高校くらいから父に似ていると言われる。実際はどうか自分にはわからない。
兄弟3人はそれぞれ気使いに結構長けているように思える。
書くことは上記以外にたくさんあるが、プライベートなことなので書くのはこれくらいにする。