なおなっく物語(かすかな記憶)

じいさん

もの心がついた時期はわからないが、かすかな記憶が残っている話からしよう。

じいさんが生きていれば、110才くらい。日露戦争の5年前生まれている。きんさん、ぎんさんより年下である。長崎に原爆が落ちた時に、長崎に行商に出ていて、被爆はしていないが、原爆投下後の街を歩き回っている。それがわかったのは、ここ最近で、ばあさんが死んだ時である。親父が生まれたのが、終戦9ヶ月前で、じいさんが45才のことである。
僕が3才の頃、じいさんは死んだ。かすかに覚えていることは、座敷に敷いた布団に、寝たきりのじいさんがいたことである。いつもばあさんが、お盆にご飯と「アラ」なのか「ごはんですよ」なのか覚えていないが、海苔の佃煮、それと急須のような容器に入ったりんごジュースをのせてやってきたのを見て、じいさんが食べる前に、僕がご飯をつまんでいたことだ。それを見て、オゥオッー、オゥオッーとじいさんが叫んでいた。ような気がする。
それ以外、じいさんのことは何も覚えていない。
しかし、50を過ぎても子供を作っていたじいさんはすごい。今ではファンファン大佐くらいなものだな