遊び Pert1
小学校の時に良く遊んだことについて書こう。
以下のとおり分けて書くことにする。いやー、こどんの頃はゆう遊んだない。
学校での遊び
10文字、ひまわり、どんちっち、陣取り など
帰宅してからの遊び
こま、ビー玉、メンコ、ビーズ、ゴム跳び など
学校での遊び
10文字
小学校の時の昼休みは良く10文字をしていた。ルールを紹介しよう。
10文字は2チームに別れ、それぞれのチームが向き合って50m離れたところに10の文字を書く。
01 −−50m−− 10 ←こんな形かな。
攻め側は、0の文字の中に入り、0と0を行き来して3往復すれば勝ち。
守り側は、1と1の間でボールを投げ、10往復すれば勝ち。
攻め側は、投げるまで0の中から出ることが不可(いいけど1カウントされる)で、投げた瞬間に0から出る。投げたボールを捕ると、利き腕ではない方の腕でボールを遠くへ投げる。ボールを落としたらアウト。
守り側は、攻め側のメンバが0を出ている時にボールを当てればアウトにできる。また、出ている間にボールを3往復(6カウント)したらアウトにできる。
ずっと攻めていれば楽しいが守ってばかりでは楽しくない。よく在郷軍団(ぴろぴろ)と浜明軍団(10円だば)と喧嘩になっていた。私は、在郷軍団に属していた。
ちなみに私は小学3年生の時、昼休みに10文字で10円だばと喧嘩になり、そのまま5時間目に突入。当時担任の山田先生に気が済むまで喧嘩しないさいと言われ、授業中、教室の後ろで泣きながら10円だばと殴り合いの喧嘩をしていた記憶がある。
10円だばは、運動神経NO.1で何をさせても凄かった男である。
みんな知っとるか!!
ひまわり
ひまわりはみんな知っとると思うけど、運動場に大きなひまわりの絵を描く。途中に橋を作り、相撲部屋を作る。
攻め側は、ひまわりの円の外(びらびら部分)を何周(3周?10週?)かすると勝ち
。
びらびら部分に少しでも手がついているとOKだが、びらびらからはみ出るとアウト。
相撲部屋は両チーム入ることができて、相撲部屋から出されるとアウトになる。
守り側は、円の中から攻め側をびらびらから押し出すか、相撲部屋で勝つかのどっちかである。
守りも円から出るとアウトになる。
全員アウトになると攻守交替。
よく押し出されて吹っ飛んでいる奴がいたなー。うん。懐かしい。
陣取り
これは皆知っとるやろ。
敵味方が陣地を作り、敵に触られると敵の捕虜になる。
捕虜にされた見方にタッチすると、捕虜を助けることができ、その捕虜は、開放され、敵を攻めることができる。
人気はそれほどなかったな。
それより、かくれんぼ、缶蹴りの方を良くやった気がする。
以上
どんちっち
どんちっちは、トランプゲームである。
他の学校ではスピードとか言う名前である。
その他、いろいろトランプをしていたが、小学校で流行ったのはどんちっちだったな。
大富豪はもっと後で流行ったし、花札は、家ではやっていたが、学校では。。。
学校ではやったこと
学校では、色々は流行ったがゲームボーイを持ってくるものもいた。
もぐらたたき、ビルから人が落ちてくるのを一輪車で救うやつなどがあったが、私はそこまで興味がなくあまり縁がなかった。
佐伊津ではゲームはそれほど流行らなかった気がする。
小学4、5年くらいの時、土8はドリフ派とひょうきん族派に分かれていた記憶もある。
私は、ドリフ派でひげダンスを良くやっていた。おこっちゃやーよ。って言っていたやつもいた。
今に役立つ授業
小学校4年の時の担任は、原○先生だった。社会の時間は、よく地図当てをしていた。
今日は、○○ページと言うことになり、出題者が地名を言う。
それを1番に探し当てたものが次の出題者になる。
単純であるが、この授業でかなりの地名を覚えて今も役に立っている。
小さな文字で書いてある目立たない地名を出すと答えがでるまで時間がかかるが、皆が小さな文字の地名ばかり出している場合、たまに大きな文字(大都市)の地名を出すと皆が小さな文字ばかり探し見つからないケースがある。
駆け引きがありなかなか楽しかった。
帰宅してからの遊び
こま
独楽は祭りの時期によく流行った。
田中店で独楽を買い、安全芯をペンチで抜いて、尖った芯に交換する。芯を叩くとつぶれるため、「かんかんごうら」という神社の石で良く叩いていた。
芯は百姓やっている家で砥ぐか、家の砥石で砥いでいた。
独楽は、まんじゅ独楽や肥後独楽と言うものである。大半は肥後独楽を使っていた。
大きさも色々あったが小学生が手のひらで持てるくらいがちょうど良く、大きすぎるのは的の対象になりやすく、力がない小学生では威力も発揮できなかった。
紐は原田金物屋で買っていた。犬の散歩用の紐を買っていた。
芯も三角錐(横から見たら菱形)の型と鉈型のものがあったが、大体は三角錐型が大半だった。
独楽遊びのルールは、「円だし」である。
円を書いて、その中の独楽を味方の独楽を円の外に出したり、敵の独楽を割ったりするルールである。
まず、「ちょい」と言う掛け声で皆が地面に置いてある独楽をとり、独楽に紐を巻いて、引き投げをしてとったものが1番、2番、と掛け声をかける。
どべの独楽が的になり円の中央に置く。
独楽を円から出すと、出た独楽の持ち主は、逆に攻めることができる。
投げた独楽が円から出ないと的になる。
全員の独楽が円の中からでなかったら、「ちょい」の掛け声を出して再度、どべの独楽を円の中に置くことになる。
独楽を投げて、敵の独楽にあたり、穴が開くと、「のったー」と言って喜んだものである。
独楽の木目のいい部分に芯が刺さると独楽が割れたり、欠けたりする。
投げ方は、投げ引き(投げて引く。威力はないがコントロールはつく)、上投げ(投げっぱなし。威力あり)、引き投げ(下から投げる。ちょいの時しか使わない。)
独楽の持ち方も、芯を上にした持つ持ち方と、芯を上にした持ち方があった。
いやー。楽しかったなー。「ちょい」と言う掛け声はどこから来たのだろう。
ビー玉
ビー玉も良くやった。旧小学校に大きな木があり、その木の根元にちょうど良い穴があり利用していた。
平面に穴があるとすぐ穴に入るので面白くないため木の根元や難しい地形を作って仕上げにビー玉を踏み穴が完成する。
ルール名はわからないが、まず、穴から5mくらいのところに線を引き、そこからビー玉を穴に目掛けて投げる。
穴に近いものから指で弾いて穴に入れる。
穴に入れると次は他のビー玉に当てる。当たったらそのビー玉がもらえることになる。
大きいビー玉は的になりやすいため小さめのビー玉を使っていた。
ビー玉は3種類くらいの大きさがあったような気がする。
やはり何をするにもセンスが要る。センスないものは鴨としてビー玉を巻き上げられる。
かわいそうではあるが、仕方がない。
ビー玉はカンカンに入れたり、みかん入れの網に入れていた。皆が持っている種類のものから使う。
最後に希少なビー玉を使っていた。
希少なビー玉を捕られたくない場合は、使わず家に帰っていた。
うぅーん。懐かしい。
メンコ
メンコも流行った。独楽、ビー玉、メンコと流行が年周期であったような気がする。
メンコにはガンダムの絵が描いてあったりした。また、大きさはまちまち。
ルールは簡単。ひっくり返すとそのメンコをもらうことができる。
大きなメンコは、風圧が強いため、敵のメンコをひっくり易い。しかし取られるとショックが大きい。
ぼろぼろのメンコは誰もほしがらないのである程度使えるメンコでやっていた。
風圧でひっくり返す方法と、メンコを縦にしてそのまま当てる方法があり、縦にした投げ方は、メンコが少し浮いていると有効だった。
メンコもビー玉と同様に取ったり取られたりしたなー。
ビーズ
ビーズはそんなに流行らなかった。
ルールは忘れたが、相手のビーズに当てる際、手で自分のビーズと相手のビーズの間に手で線を引いて当てていたような気がする。
一種のおまじないかな?忘れた。
ゴム跳び
ゴム跳びも色々な技を知っていたが、女の遊びだからあまり流行らなかった。
言葉で言い表せないので書くのを止める。
西法寺
西法寺(浄土真宗本願寺派)で良く遊んだ。
5時の鐘を鳴らしにいったり、寺の下にもぐって、寛永通宝みたいなお金を探したりした。
ここで昔のお金を見つけてからしばらく昔のお金を収集するようになったがすぐに飽きた。
1回西法寺でお金を拾った記憶がある。500円くらいあった。
そのまま、田中店でキャンデーを買って食べた。
私の1日の小遣いが50円だったので、その当時は大金だった。
普段は田中店で50円を如何にして有効に使うかと言う課題があったが、
20円のジュースを買って5円、10円の菓子を買うのがパターンだったような気がする。
寺の話から少しずれたが、他には墓参りくらいかな?後、小さい時、結婚式を西法寺でしている人を見たような・・・。気のせい?
ちなみに田中店には毎日のように通っていたので、店のおばさんを先生といい間違ったりしたなー。
その他
チョロQ、プラモデム、インド人のくろんぼ、バリア、蝉取りなど流行ったがあまり大したことではない。
ちなみにプロモデムは、田中店で100円のものを買ったことがあるが、作れなかった記憶がある。
そう言えば、汚い奴に対して、バーリアひっつけなーし。と言っていたなー。