伊豆・横須賀の旅(2010.7.9-10)

先週、姉、親父が蒲田にやってきた。姉はソロモンに行っていたが検査のため一時帰国。検査結果問題がなかったため有休をとり家族旅行に行くことにした。
元々有休を取る予定をしていて、岡山の後楽園観光、高松のうどんを食べに行く予定であったが予定が変更になっただけである。

伊豆 伊東温泉 聚楽

小田原城でそば
小田原城で昼食

朝10時頃、親父と二人で出発。姉は帰国手続きで後で合流することに。
蒲田から京浜東北線に乗り、川崎で乗り換え。
ビール、焼酎を買い電車に乗る。12時頃小田原到着。
城に入る前に昼食を取る。
小田原は蒲鉾が有名と言うことで、板わさを注文。プラス鳥そば、ビールを注文。親父はざるそば。
小田原城
小田原城

昼食後、小田原城へ。唐津城、島原城と同じくらいの大きさかな?
伊東1
伊東温泉 聚楽へ到着

伊東へ着き、土産売り場 特にひもの屋を眺めていたら雨が降ってきたので、アーケードを歩き雨が弱まるのを待つ。
今回、聚楽に泊まることにしたのは、会社の先輩に紹介してもらったため。
私が入社1,2年目の時、家に帰省する金がないため、いつも先輩にさそってもらい実家に泊まらせてもらっていた。夏はクワガタ取り、海にも良く行った。
先輩のご両親と飲みに行き、そこで披露した歌を先輩の結婚式の時にご両親からリクエストされ歌った記憶がある。天草弁で!!
今回、そのご両親が予約をしてくれたので、先輩宅に寄りお礼を言う。
その後、コンビニで得意の持ち込み焼酎を買い、ホテルへチェックイン。
伊東2
伊東聚楽 部屋 ベッド

ホテルでは、ガーデンスイートという良い部屋を取ってもらった。
ベットも立派でしょう!!
伊東3
伊東聚楽 部屋付き露天風呂

部屋には露天風呂が付いていてびっくりするくらい良い部屋だった。ホテルで露天風呂が付いているのは3部屋のみ。
さっそく部屋のビールを飲み、露天風呂に入る。
姉が合流し、夕食までまったりする。
伊東4
伊東聚楽 部屋から見る朝日

夕食は、懐石料理。
うちの田舎では、魚を蒸して食べるという習慣はないので、皆、半信半疑で食べていたが、私は結構おいしかった。
しかし、本来、質より量のなおなっく家では、バイキングの方が良かったかも知れない。
最初はバイキングにしようと思ったが、馬鹿食いして30分で腹いっぱいになるため、2時間くらいかけてゆっくり食べられる懐石料理にした。全て魚料理である。これはこれでうまかった。
食事の最後に親父が店のお姉さんに煙草は置いてある?と聞いて、ありますがタスポが要ります。タスポがなければ買えません。ホテルから出て。。。。と言う回答をした。
親父はホテルでタスポを普通は貸してくれるだろうと詰め寄ったが、お姉さんは無理です。
親父は得意の癇癪球を投げつける騒動を起こしたが、お姉さんに言っても仕方がないので、フロントで聞けよ。と私が仲介。
食事後、親父がフロントで聞いてくれと私に言うから、自分で聞けんなら煙草をやめろ!!と私が注意!!
結局、土産売り場の店員さんに親父が確認したら貸してくれて一見落着。
その後、部屋で軽くのみ寝る。
24時頃目が覚め眠れなくなったので露天風呂に入り、寝る。

朝、姉の大声で飛び起きる。姉は4時に起きて露天風呂に入り、朝日が出てきて綺麗だったので皆をたたき起す行動に出た。
親父が露天風呂に入り、最後に私が。。。
親父がビールを持ってきたので、ビールを飲みながら朝日を見る。

朝食のバイキングを食べて、出発準備をする。

横須賀 軍港

今回の旅は、姉がゆっくりしたいと言うので、まったりした旅にして家まで直帰する予定であったが、天気が良かったので横須賀に寄道することにした。
横須賀に着いたら目の前にイージス艦が並んでいる。

横須賀1
イージス艦きりしま と いかづち

イージス艦は、世界で100隻しかないそうだ。そのうち日米あわせて10隻が日本に配備されているとのこと。
日本は3隻あれば守備ができるそうだ。現在、日本は6隻保持しているとのこと。
軽く昼食を取り、昼から横須賀港の遊覧船に乗る。45分かけて、米軍基地、自衛隊基地を眺めて行く。
米軍基地には、家族含めて2万人住んでおり、小学校〜大学校、映画館、アメフトグランドなど整備されているそうだ。
手を振ったら振り返してくれた。
横須賀2
潜水艦

日本には潜水艦が8隻しかいないようで、そのうちの1隻を見ることができた。
一昨日までは、原子力空母のジョージワシントンが滞在していたようだが出航して日本海にまわったようである。空母には必ず、クレーンを用意する必要があり、クレーンにゴジラ、キングコングと言う名前が付いていた。
その他、日本の艦船2隻がソマリアへ出向しているようだった。
艦船には番号が振ってあり、番号がないのは廃艦とのこと。廃艦になった船は、沖にいって、自衛隊の練習の的になるそうだ。軍港の周りには機雷よけがあった。
横須賀3
自動車運搬専用船

写真は自動車運搬専用船である。日産自動車のものとのこと。
この横に住友重工の石油運搬船のドックがあり、大きくて日本全国の電力を8時間まかなうことができる量を積むことができるようだ。

横須賀4
ひゅうが

日本最大級の母艦。ヘリコプター搭載護衛艦で同時にヘリコプターが何台も離発着できるようである。とても大きく空母のような気がした。
ここまで大きければ日本も空母を作れば良いのではと思う。
この艦船以外にも、世界では日本にしかない試験的な軍艦があった。
まっ、イージス艦を見ると、軍艦は、量より質のようだ。

横須賀で心残りは、軍艦三笠を見れなかったことだ。
日本海海戦で東郷平八郎が日本を勝利に導いた「三笠」が飾ってあるが、見ることができなかった。
日本海海戦後、佐世保に停泊していた三笠が火薬庫の爆発により乗組員300人を超す死亡事故が発生し、1年後に引き上げられ、再軍備された歴史がある。第一次世界大戦後、軍縮により引退した。
連合艦隊解散の辞は素晴らしかった。「・・・・孔子曰く、勝って兜の緒を絞めよと」。これを草稿したのが秋山真之である。
三笠を見ることができなかったのが残念であるが、今度、暇なときに見に行くことにしよう。