山口錦帯橋ぶらり旅(2010.09.25)

今週はシルバーウィークを利用して博多に遊びに来ていて日中帯は暇なので錦帯橋へ。
二日酔いで胃がむかむかしていたが元々予定していたため出かける。

錦帯橋・岩国城の観光

新岩国駅
博多駅へ向かうとだいぶ駅が出来上がっている。
来年九州新幹線が八代−博多間で開通するため、建物も急ピッチで仕上がっているようだ。
しかし、3年以上前から工事やっているのでどこまでが、九州新幹線のためなのかは不明。
新幹線で弁当を食べて新岩国まで本を読む。
写真は新岩国駅。鈍行しか止まらないため、博多から1.5時間もかかる。広島でも1時間で着くのに。。。

新岩国に着き、バスで錦帯橋へ移動する。10分くらいで到着。
まず、天気が素晴らしく、川がとてもきれいである。山の上に城が見える。

錦帯橋1
バスから降りて取った錦帯橋

錦帯橋2
天気が良く橋が影で2つ見える

錦帯橋3
切符を購入し、錦帯橋を渡る。

錦帯橋の入り口で通行&ロープウェイ&入城ができるセットの切符を900円で購入。
橋を渡るが見た目が良いのでシャッターを何度も切る。
岩国城1
錦帯橋から見る岩国城

錦帯橋を渡ったところの山に岩国城がある。


錦帯橋4
反対岸から撮った錦帯橋

この日は本当に天気が良く、錦帯橋のカメラ写りが良い。
錦川も綺麗である。

錦帯橋5
反対岸から撮った錦帯橋2

ここで少し錦帯橋について説明する。
錦帯橋は山口県最大の河川である錦川(川幅200m)に架かっている5連の木造橋であり、今から約330年前の1673年(延宝元)第三代岩国藩主吉川広嘉(きっかわひろよし)によって創建されている。
岩国藩の悲願である流れない橋として誕生したこの橋は、創建翌年1674(延宝2)年5月の梅雨の洪水によりあえなく流出してしまったが原因を徹底的に究明し、同年10月末に二代目錦帯橋が完成している。
それから、276年間不落を誇った錦帯橋でしたが昭和25年9月に岩国地方を襲ったキジア台風によって2度目の流出をしている。
しかし、岩国市では橋脚に近代工法を取り入れるなどして直ちに再建工事に着手し、三代目錦帯橋は昭和28年に完成したようだ。

おまけ
錦帯橋の近くの公園の噴水

先週までは暑く、噴水で水遊びしている子供がいたようだが、今週は旧に肌寒くなったため水遊びする子供はいないようだ。

旧加世田家
江戸末期に建てられた中級武家屋敷?見たけどたいしたことはない昔の家って感じかな?

岩国城2
山に登って撮った岩国城

錦帯橋を渡り、次は岩国城にロープウェイで上る。
岐阜城もそうであるが、こんな山の中に良く城を立てるよな。と感心。

岩国城3
岩国城の最上階から撮った錦川。錦帯橋も見える

奥にかすかに見えるのは瀬戸内海。その先は四国のようだ。
錦帯橋もくっきり見えて、眺めが良い所であった。
岩国城4
岩国市内

岩国城は1608年 (慶長13年) に初代岩国藩主の吉川広家が、蛇行した錦川に囲まれた天然の要害の地である横山の山頂に築城しました。しかし徳川幕府の一国一城令により、築城より僅か7年後の1615年 (元和元年) には取り壊しとなっている。
7年のために城を建て、直ぐに取り壊しとは。。。。とほほ。ちなみに石垣も取り壊すように命じられたとのこと。
最上階からは、錦帯橋はもちろんのこと、岩国市街、瀬戸内海が一望でき、とても眺めが良かった。
岩国城5
現在の天守は1962年 (昭和37年) に外観復元されたもののようで、中はたいしたものはなかった。刀が多くあった。


岩国城6
岩国城の説明

これを読んで勉強してね。
ロープウェイが30分に1度しか運転されないので1時間後に降りる。
この前まで歴史小説を読んでいても、「吉川=よしかわ」と思っていた。
この時に知ったが、「きっかわ」と読むようだ。
歌手、俳優の吉川晃司は広島だったなー。と思いながら、吉川家(毛利家)に由来しているのかなーと思ってしまった。
後日、ウィキペディアで吉川晃司を調べると、以下のような記載があった。
武家の名流・吉川氏(毛利氏一門、周防岩国藩主・吉川元春)の末裔であり、吉川国経・毛利元就の子孫にも当たる。
びっくり。

錦帯橋6
錦帯橋に戻り別の角度から撮影。デジカメでは見えにくいが向こうの山に城がかすかに見える。
見えるかな
時間があれば岩国市街にも行きたかったが時間切れで新岩国までバスで移動する。
新幹線で焼酎を飲みながら博多へ帰る。