GW第2弾 初めての四国旅日記1(2011.5.1)
この旅は、東京組3名、福岡組2名の5名旅。ちなみに私は東京組だけど福岡で遊んでから行くことにした。
まず、私以外の旅人紹介をしよう。
@きりな・・・・・・この旅の幹事。昨年GWも一緒に旅したキツネ顔の好青年。福岡組
A酢店・・・・・・・無口な青年だけどマイクを持つと別人になる。スチュワーデス物語のガラガラバッグを引っ張って旅する男。福岡組
Bマティー・・・・・素晴らしい声の持ち主。声はOKだけど、歌はいまいち。一時福山と呼ばれた男。東京組
Cボンビー・・・・・とにかくだらしない男。酒を飲むと調子が出すぎる。東京組
9:20集合
朝6時45分に博多駅に着き、きりなに電話したら、駅にいるということなのできりな、酢店と合流。
7時4分のさくら(九州新幹線)に乗って、いざ岡山へ。
途中、福山駅から福山城が見えたのでシャッターを押す。
もともと、東京組と0920 岡山駅前集合になっていて、岡山駅に着くと誰もいない。
マティーは10分くらい遅れるとのこと。ボンビーは音信不通???。
随時携帯連絡有!!団体行動上、待たないため追いつくことが原則!!と言うことで待たずに市電に乗り岡山城へ向かう。
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岡山城見学
800円と言う高いお金を出して城に入る。高いなーと思っていたら、特別展をやっていたからと帰ってから気づいた。
以下に少しだけ、岡山城の歴史を紹介(パンフレットより)
日本の本格的な城作りは、信長の安土城が最初とされていて、それにならって作られたのが岡山城である。
現在の岡山城を建てたのは2代目城主宇喜多秀家で、秀吉の養子となり「秀」を一文字もらった人物である。
秀吉が天下を握ると備前、美作、備中の一部をもらい57万石の大大名となった。1590年から城作りを開始し、途中朝鮮進行には総大将として出陣。帰ってから工事を継続し、1597年に天守閣の完成で全工事が完了している。8年に及ぶ大事業であった。
徳川政権以降は、池田家が明治まで続く。
昭和初期には国宝に指定されたが、大東亜戦争により消失し、現在は、レプリカ城として鉄筋コンクリートでできている。
大きな城であったが、中を見てまわったが、刀は平安時代から江戸時代までのものが色々あったけど、食いつくようなものは特になし。備前長船の刀があったが、江戸時代に刀を使用することが減り、鍛冶屋はなくなったようなことが書かれていた?
10時から岡山の名工による刀のショーがあるということで眺めていたら、いつまで経っても始まらない。ぐだぐだしているなと思いつつも少し待っていたら、いつの間にか始まっていたらしく、面白くないため直ぐに城を後にした。
このぐだぐだに500円を払ったのかと思うと腹が立つ。
城見学の途中、マティーと合流。ボンビーは相変わらず音信普通。
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特別名勝 後楽園(日本三名園制覇)
ついに後楽園に来た。個人的には兼六園、偕楽園よりも素晴らしかった。
偕楽園は大雑把。茶屋もほとんどない。兼六園は歴史を感じ、観光に力を入れており、甲乙付けがたいが、後楽園に軍配を上げたい。
400円を払い入場。一通り見てまわったが、色々な種類の植物、木が整備されている。茶畑があったのにはびっくりした。景色としては、岡山城の天守閣が後楽園から見えるのが良かった。なお、結婚式をここで挙げることができるようだ。
新緑の季節であるため、色とりどりの色彩は見られなかったが、広い芝生、森、川、能舞台などがあり、非常に良くできていた。
自然の動物もいて、野鳥の会みたいな人が鳥を追いかけていた。小鳥を産む季節のようだ。
茶屋でお茶を飲みながら、岡山名物きびだんごを食べ、しばし休憩。美味しかった。
ここで、少し後楽園を紹介しよう。(パンフレットより)
岡山後楽園は、江戸時代を代表する大名庭園の一つである。
岡山藩池田家二代藩主綱政公の命により、1700年に一応の完成をみた。延養亭、鶴鳴館などを中心に、東に操山、南に岡山城を望み、広い芝生地が特徴の江戸時代を代表する円遊式庭園とのこと。
延養亭、能舞台を中心とした亭舎、園内各所の茶室、祠には歴代藩主の思いが込められているとのこと。
芝は、日本に広く自生している野芝を使っていて、築庭当時は、沢の池西側の延養亭からみえる範囲にだけ使われ、園内の大半は田畑だったとのこと。明治以降に園全体に芝を敷いたようです。
後楽園を出て、岡山駅に戻り、岡山駅でGW初のうどんを食べる。(うどん1杯目)
ボンビーにようやく連絡が付く。新幹線の中で、岡山に14時頃付くとのこと。やれやれ
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瀬戸内海を越える
岡山駅からいよいよ、四国へ向かう。
四国の地理をあまり知らず、勉強しておけば良かったと少し反省。
岡山からマリンライナーに乗って児島を経由し瀬戸内海を渡り坂出へ出る。
瀬戸内海は、靄がかかっていてすっきり見れなかったが、島が多いのにはびっくりした。晴れ渡っている時にまた来たいと思う。
高松行きだったので坂出で降り、次の目的地丸亀へ移動する。
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丸亀城がんばれ。シャッター街を気にするな!!
四国について思ったのが、尖っている山が多いように思えた。個人的感想。
丸亀駅に着き、30分くらいかけて丸山城に向かう。
途中、アーケードを通ったが、シャッター街になっており、開いている店が2,3店舗ほど。ひどすぎると思ってしまった。
ネットで少し調べたが、人口11万人。
産業について、農業は米、野菜、鶏、モモ、ハッサク、キクなどの栽培、工業はうちわの生産量は全国の9割を占めているが機械化で従業員減少。海岸の埋立地で造船業をしている。商業は、幹線道路沿いに新たな店舗が開き、中心の商店街は衰退を見せるなど、郊外化が進んでいるとのこと。
重要文化財 丸亀城入り口に着き、66mの坂を上る。天守閣に着き入場料200円を払い見学をする。岡山城高すぎる!!。
丸亀城は石垣がきれいに作られていた感じがした。天守は、3層3階の木造であり、小さな城であった。
四国内で最も古く1660年に完成(その前に焼失)しており、現存する木造天守では日本一小さいとのこと。
ここで丸亀城の歴史を少し紹介する。(パンフレットより)
歴代城主は、生駒家、山崎家、京極家である。
生駒親正は、1587年に讃岐国に封ぜられ、1597年に丸亀城の築城を開始するが、1602年に高松城へ移り、城代を置く。
1615年一国一城令で廃城となる。1640年に生駒家はお家騒動(重臣が争い)が勃発し、所領没収により転封となる。
1641年に天草郡、富岡城主山崎家治が西讃岐5万石余りの領主となる。再築城する。
我が故郷と関係があるため少しうれしい。天草からはるばる来たんだねー。かなり遠かったはず。
山崎家は、1657年に嫡子なく絶家。
その後は、京極家が明治まで藩政をしく。
1658年に京極高和が藩主となり、1660年に今の天守が完成する。
城内に京極家の家系図があり、浅井長政の娘3姉妹の次女お初が京極高次に嫁ぎ・・・・と紹介されていたが、特に興味がなかった。長女淀が豊臣秀吉、三女江が徳川秀忠(二代将軍)に嫁いでいるので有名であるようなことが書かれていたような。。。
城を出ると、そこに待ち構えていたのが、バサラ京極隊(5レンジャーのようなものだけど、忍者風)であった。ショーを見てくださいとお願いされたので少しみたが、途中で丸亀駅へ向かう。
ちなみに宇和島にもバサラ京極隊のポスターがあった。なぜ?
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しあわせさん、こんぴらさん
丸亀駅から多度津経由で琴平駅に移動する。
多度津駅でボンビー合流。全員集合となった。
こんぴらさんと言っているのが金刀比羅宮(ことひらぐう)であり、親しみを込めて「こんぴらさん」と呼ばれているらしい。
JR琴平駅から金刀比羅宮へ向かう途中に饂飩屋があったので、釜玉饂飩を食べる。とても美味しかった。(うどん2杯目)
琴平宮(こう書くこともあるらしい)は1368段の石段があり、昔、熊本の中央町の石段(3000段くらい?)に登った経験があるため、余裕をかましていたが、へばりました。たいぎゃーきつかった。
年には勝てないね。昔は今より30Kg以上痩せていて、運動もしており軽やかだったが、今は鈍重!!。気持ちだけでは駄目だね。
私は、なんとかすべての石段を登り挙げる。マティーは途中まで余裕かませて先頭切って歩いていたが途中で見失う。腹痛により途中棄権。
少しお参りしたりしたが、目的が参拝から石段登りになっていた。非常にきつい階段であった。
ここで、金刀比羅宮について少し書こう。(HPよりwiki)
金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町の象頭山中腹に鎮座する神社。こんぴらさんと呼ばれて親しまれており、金毘羅宮、まれに琴平宮とも書かれる。明治維新の神仏分離・廃仏毀釈が実施される以前は真言宗の象頭山松尾寺金光院であり[1]、神仏習合で象頭山金毘羅大権現と呼ばれた。現在は神社本庁包括に属する別表神社、宗教法人金刀比羅本教の総本部。全国の金刀比羅神社・琴平神社・金比羅神社の総本宮でもある。
長く続く参道の石段が有名で、奥社まで登ると1368段にもなる。海上交通の守り神として信仰されており、現在も漁師、船員など海事関係者の崇敬を集め、海上自衛隊の掃海殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で開かれる。境内の絵馬殿には航海の安全を祈願した多くの絵馬が見られる。金毘羅講に代表されるように古くから参拝者を広く集め、参道には当時を偲ばせる燈篭などが今も多く残る。
とのこと。
18時過ぎに山を降り、足がガクガクさせながら、ことでん琴平駅に着く。
ことでん琴平駅から高松へ1時間かけて移動する。電車ではもちろんうとうとする。
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高松うどん
ことでんで高松駅で降りて、ホテルへチェックイン。宿泊費4,350円。
5分後、ロビー集合で、うどん屋を探す。
讃岐ざるうどんの宗家と名乗っている四国高松「川福」へ入る。有名みたい。
ざるうどん発祥の地と言うことで、天麩羅ざるうどん、香川冷酒、香川名物しょうゆ豆を飲食する。(うどん3杯目)
ざるうどんは美味かった。
コンビニで焼酎を買い、ホテルへ帰り、少しのみバタンキューすれば良かったが、ホテルに漫画本が置いてあり、柔道部物語全11巻を読んでしまった。寝たのは1時過ぎ。ばかだねー。
1日目終了。歩数29,081歩。よく歩いた日でした。