GW第2弾 初めての四国旅日記5(2011.5.5)

朝起きて、風呂に入り疲れた体を癒す。仕度をして、朝食を食べに行くが、混雑している。
ピーナッツトーストが姫路は有名とのことでピーナッツトーストとコーヒーを飲む。
食事を終えると、ボンビーがホテルの前に立っていた。朝食はとらないようである。

白鷺城こと姫路城

8:40頃にホテルを出発し徒歩で姫路城に向かう。途中面白そうな神社があったが、見向きもせずに城へ向かう。
9時過ぎに姫路城に入るが、既に人が大勢いた。さすがは世界文化遺産であり国宝姫路城である。姫路城は大天守が修繕中であり、修繕方法を公開していた。天空の白鷺ということで、特設会場を作り、修繕方法を説明していた。
なお、車椅子では普段は城にいけないが、今は、特設会場はエレベータが付いているため見る事が可能らしい。私には関係ないけど、案内人が話ししていた。
修繕方法はさらっと流して、城見学、とても広く回るのに2時間程度はかかっている。白い屋根、壁が非常に見栄えをよくしている。素晴らしい城であり、大きな城である。
我が故郷の熊本城なんて相手にならない。
ここで少し、姫路城について説明しよう(HPより)
姫路城はその400年の歴史の中で、戦にまみえることなく、近代の戦災に遭うこともなかった、たぐいまれな城です。その結果天守や櫓、門などの保存状態が非常によいうえ、ほかに類例のない遺構も多く、極めて貴重な文化遺産となっています。
5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風(はふ)や唐(から)破風が、白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。
城の歴史は、1333年赤松則村(円心)、護良親王の命により挙兵。京に兵をすすめる途中、姫山に砦(とりで)を築く。
1580年羽柴秀吉の中国攻略のため、黒田孝高、城を秀吉に献上。秀吉、3層の天守閣を築く。翌年完成。
次々城主が変更となり、面倒くさいため省略する。

一通り回り満足する。本当に素晴らしい城だ。城の修繕が終わったらまた来よう。
11時半過ぎに姫路城を出て姫路駅まで歩く。途中昼食を取り新幹線に乗るが非常に混んでいて、目的地の京都まで立って移動する。

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銀閣寺

京都駅に着き、荷物をロッカーに預け、バスで銀閣寺に移動する。京都駅は非常に混雑していてとにかく人が多い。
銀閣寺前は参道になっており、出店が沢山ある。金閣寺と全然違い、寺一つでこれだけの集客があることにびっくり。
500円を払い、入場。参拝って言うのかな?入ると、目の前に社会の教科書に出ていた建物が。。。教科書では藁葺き屋根のように感じていたが、実際みたら違っていた。寺には庭園が広がっており、後楽園とは違った雰囲気でこれはこれでよかった。 ここで少し銀閣寺について説明をしよう。(HPより)
銀閣寺、金閣寺は、相国寺派の寺院であり、臨済宗の禅寺とのこと。 臨済宗相国寺派の寺院は全国に100ヶ寺余りあります。 禅とは、釈尊(シャクソン)(釈迦のこと)は、輪廻転生(リンネテンショウ)から解脱(ゲダツ)して、永遠の安らぎ(涅槃(ネハン))を得るために苦行をしました。しかし苦行では目的を達成できないことを知って、菩提樹(ボダイジュ)下に坐禅を組んでヨーガの行に入ったのです。こうして自らの自己に目覚め悟りを得られました。これが仏教の始まりです。
 こうした坐禅によって悟りを得る、インドの禅を中国に伝えたのがボーディーダルマ(Bodhidharma:菩提達磨(ボダイダルマ))でした。この菩提達磨を祖師として中国禅は始まります。その後、慧可(エカ)、僧(ソウサン)、道信(ドウシン)、弘忍と継ぎ、弘忍の弟子神秀と慧能が出ます。そして中国禅を大成したのがこの六祖慧能です。
臨済宗は、慧能の門下に南岳懐譲があり、その下の馬祖道一の弟子百丈懐海は「百丈清規」を著し禅院の制度を確立しました。そして懐海に嗣法(シホウ)した黄檗希運の弟子臨済義玄によって臨済宗が興ります。その他洞山良价、曹山本寂師弟によって曹洞宗が始まります。
このように中国の禅は唐代から宋代にかけて盛んになりさまざまな宗派の流れを形成しました。

読んでもよくわかりません。
銀閣寺を出て、バスに乗り、京都駅に向かう。非常に混雑していて、立って駅まで移動した。
京都はいいところであるが、混雑していない時期ってあるのだろうか?

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本願寺

京都駅から歩いて、本願寺(西)に行く。我が家の総本山であり、一度見ておきたいと思ったためである。
駅から歩いて、20分程度で着く。地図では近いが、結構な距離があった。
本願寺に着くと、親鸞聖人750回大遠忌法要の準備?が行われていた。阿弥陀堂でお参りして御影堂など見て回る。お布施をしようと思ったが、時間が遅く分からなかったため止めた。
一通り見て、時間があったため、東本願寺へ移動。本堂には参らず、外観だけ見て、清水寺に行くことに。
既に17:30を過ぎていて、ボンビーに清水寺の閉館時間を調べてもらったら、18:00とのことで断念。
京都駅に戻る。

京都駅に戻ると、新幹線は当然最終まで一杯であるため、新大阪まで引き返し、そこで新大阪発を待つことにする。
新大阪発を待っている人がとても多く、19:07では座れないことが分かる。既に次の20時発を待っている人もいるほどである。
立って帰るのも嫌なため、強行手段にでることにした。待っている人が多く、隣の列との境があいまいになっていたため、隣の列に移動し強行突破し、座席3席を確保。いわゆる横入りである。知らんふりして、席に座り、弁当、酒を飲みながら品川で降車する。
品川駅で自分の写真をとってみたら、疲れ顔していて笑ってしまった。
蒲田に着き、まっすぐ家に帰宅。寝る。

5日目終了。歩数24,370歩。初日の次に歩いている。5日で10万歩突破。
腰、足は痛かったがよく歩いた旅だった。
ちなみにうんこする時、力を入れると腰に痛みがはしるほど、腰に負担がかかった。
ダイエットが必要だね。

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