79.神戸市北区山田町谷上南町南方の道標

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神戸市北区山田町上谷上 神鉄谷上駅西の丸山川の丸山橋から南へ登り丸山堰堤を過ぎ670m地点の三ツ辻の、
「下谷上の道標」を東に分岐し、支流合流点を渡渉し分岐から360mの三ツ辻の西部に南東を正面に建つ
自然石 80x60x21p
N34.759314 E135.176715


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南東面
┌─―――――――――――――――――――┐
│右 再度山神戸             │
│左 山道                │
└――――――――――――――――――――┘

北東面
┌─―――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘

北西面
┌─―――――――――――――――――――┐
│御大典記念               │
│ 昭和三年十一月            │
│   上谷上青年支(部)        │
└――――――――――――――――――――┘
(( )部は『神戸の道標』より)

南西面
┌─―――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘


(昭和三年は、西暦1928年である。)
(『神戸の道標』山下道雄、神戸新聞、1985年刊では北区100)
(同書には「再度山へは、ささぶ峠・五辻・山田道を行く。」となっており、ここでは西に沢に沿って下る道を案内す
 るものと思われます。よって現在建つ位置と向きに変わりがなければ、進む道を正しく受取れない。よって元位置は
 辻の南東部にあり、北西に面していたと思う。)
(西360mに同じ紀年銘を持つ「下谷上丸山谷の道標」がある。
 又、北に尾根を越し阪高北神戸線をくぐり住宅街を抜けると志染川の極楽橋北にある「谷上東町の道標」に出るが、
 それが示す先は「左、摩耶山、灘」とあり当道標のルートではなさそうである。)
(詳しくは分からないが、志染川の極楽橋北(有馬道)からこの道標を通り、「下谷上の道標」へ出て、現森林公園に
 出る道を「古山田道」とするハイキング記事がWebに見える。)
(昭和三年の銘を持つ道標は皆森交差点の「山田町下谷上の道標」「茨木市忍頂寺133の道標2/2」があり、当時の
 世情でもあるのか青年会の手になるものが大正の頃から見受けられ様になります。「茨木市宿久庄七丁目1の道標」
 等を参照下さい。)

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【1.道標を南西に見下ろす 【2.道標を北西に望む 【3.道標を西に望む
 リュック横が再度山へ  奥(北)に鞍部を越し  極楽橋から来て正面
 左、倒木越え山道へ】  谷上東町の極楽橋へ】  左に下り再度山へ】

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【4.道標南東面左 【5.道標南東面拡大 【6.道標南東面右
 「左、山道」  「右 再度山神戸」  「右、再度山神戸」
 と読める】  「左 山道」】  と読める】

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【7.道標を南東に望む 【8.道標北西面左下部 【9.道標北西面右部
 右下、再度山へ  「昭和三年…」  「御大典記念」は
 右上奥、山道へ】  「上谷上青年…」】  昭和天皇即位か】

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【10.下谷上の道標から30m東の
 丸山川支流合流地点を東に見る
 渡渉し岩盤右を330mで当道標へ】

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【11.北区南部の道標】
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