麻由がいた。
桜木公園その付近にある高層住宅の一つ、その屋上で麻由は夕日に赤く染まりながら僕たちの方を見ていた。
麻由、なぜ彼女がここにいるのかは聞いてみないとわからない。
彼女には聞きたいことがたくさんある。
夢、事故を起こしたときに見た夢が今回、麻由を見つける手がかりになった。
彼女はいったい何者なのだろう。
そんな疑問を持ちつつもやはり再び彼女に会うのがうれしい、少し彼女の方へ向かう足が速くなる。
「・・・・・・・・・・・・・・・おにい・・・・・・・・さん。」
麻由も僕の方へ泣きながら、駆け寄ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
このとき麻由が目の前にいるにもかかわらず、僕はそこに「人間」がいるような存在感を感じなかった。
まるで麻由の幻を見ているような・・・・・・・・・・・。
そして気づいたことがある。
麻由の、僕の方へと駆け寄ってくる彼女の足音が聞こえなかった。
「季節を抱きしめて」ロングストーリー
「返答」 最終話
作:主人公
僕も、麻美も驚いた。
もし僕が夢を見なかったら、麻由を探すときに「彼女には何かある」といった覚悟がなかったら、
果たして僕も麻美もここまで平常心が保てていただろうか。
麻由も今の自分の姿に気づき、僕に抱きつこうとしたのだろう前につきだした両手を納め、僕たちの目の前で立ち止まった。
しばし沈黙が流れた。
相手が麻由じゃなかったら、自分に害がない存在と認識していなかったら、今この瞬間この場から逃げていたのかもしれない。
麻由が透けて見えた、かすかではあるが彼女の体越しに後ろの風景が見える。
わずに足は宙に浮き、彼女にふれようとするとまるで空気みたいにさわることが出来ない。
幽霊、幽霊なんて見たことはないがわかりやすくたとえると今の麻由はまさにそれだた。
「麻由・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
うつむいている彼女、いったい何があったのか想像がつかない、つい彼女を呼ぶ声も裏返ってしまう。
「お兄さん・・・・・・・・・・・・私、記憶が戻ったんです、・・・・・・・・・・・・・・今から全てお話ししますね。」
真剣な顔の麻由、僕の目を見て話し始めた。
「私は・・・・・・・・・・信じられないかもしれませんが桜の精霊なんです・・・・・・・・・。」
桜の精霊!?・・・・・・・・・・・僕はあまりにも突拍子のないことに事態を飲み込めないでいる。
「桜の精霊は、その地方の桜の木に花を咲かせるのが仕事で、私はこの町の悲恋桜に宿るはずでした。」
僕は何度も麻由の聞き直し彼女の言うことを頭の中で整理する。
信じられない嘘のような話だが今の彼女の姿を見たら信じるしかなかった。
彼女の話を整理すると、
麻由は桜の精霊でこの町の悲恋桜に宿り今年からこの桜木町の桜の花を咲かせる仕事をするはずだったらしい、
しかし地上に降りた麻由はなぜか目に入ったこの建物の屋上が気にかかったというのだ。
麻由自身なぜそのように思えるのかは今でもわからないらしいが、
この場所にあまりにも執着してしまうらしく本来行くはずの悲恋桜から離れこの場所にへときてしまったというのだ。
「私もなぜかわからなかった、でもこの場所のことを考えると胸が痛いぐらい悲しくなってしまって・・・・・・・・・・・・
精霊の規則違反だとわかってました、でも私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
私がなぜ記憶をなくしたのかは、未だにわかりません、たぶんそのことが原因だと思います。」
僕も麻美もただただうなずいた、納得したようなしないようなそんな感じ、
彼女が言っていることはおそらく本当のことだろう、しかし今彼女の言うことを全て理解し納得しろと言われても無理な話だ、
あまりにも常識外のことが多すぎる。
しかしその後麻由の言ったことは別だった。
「この場所が気になってしょうがないのはたぶん私が人間だった時の記憶に関係あると思います。」
「人間・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕はそのまま聞き返す。
「私たち精霊の多くは元は人間なんです、・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お兄さんが言っていた麻由さん・・・・・・・・・・
その人はたぶん人間だった頃の私に間違いないと思います・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
「私の名前は麻由、・・・桜井麻由、この名前、人間だった頃の名前を受け継いでいるんです。」
彼女の口からその言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立つような感じを受けた。
うれしい気持ちと信じられない気持ちが交差する、目の前にいる麻由が、三年前に死んだ麻由本人だった。
麻由にあまりのも共通点が多く似すぎた彼女、死んだという現実が彼女を全くの他人と認識させなければいけなかった。
しかし今僕たちの目の前にいる麻由、
彼女の状態を目にするとその現実を受け入れてなお彼女の非常識な言葉を信じることが出来る。
「ね・・・・・・・・・・姉さん・・・・・!?」
目に涙をためながら麻美は僕の腕をつかんでいる。
麻美の体がふるえている、怖いと言うよりうれしさによる武者震いみたいなものか、
麻美も僕同様目の前の彼女が自分の姉であることを受け入れていた。
麻由の前に立ち彼女の手を握ろうとする麻美、しかし幻になった麻由の手を麻美が握ることは出来ない。
何度も何度も一生懸命に彼女にふれようとする麻美、空を切るだけの麻美の両手を麻由は両手で静かに包み込んだ。
感触はたぶん互いにないだろう、麻由も麻美の手を握っているふりをしているにすぎない、
しかし麻美はそのことで落ち着いたのだろう、麻由の顔を見ながら泣き始めた。
麻由にあえた、当然麻美もうれしかったにちがいなかった。
仲のいい姉妹だったのだから麻美も麻由に会いたいと心のどこかで願っていたのだ。
その後麻由に聞いた話によると彼女はあの麻由に間違いはないのだが、人間だった記憶は戻っていないということだった。
思い出したのは自分が桜の精霊であるといった記憶だけ、人間だった頃の記憶は精霊になった時点で消滅したらしい。
この場所が気になった理由も彼女自身わかっていないみたいで、
おそらく人間だったときの記憶がわずかに残っていてその影響かもしれないと麻由は言っていた。
正直言うと少し残念だった、あのときの告白の返事が聞けると思っただけに。
目の前にいる麻由、あの桜井麻由はすでに桜の精霊として僕たちの知っている彼女とは記憶上全くの別人になっていた。
しかしどのようになろうと麻由が麻由であるのには変わりなかった、再び彼女にあえたことを今は感謝せずにはいられない。
ちなみに僕が麻由のことを忘れていたのは彼女の仕業らしい。
精霊共通の能力で万が一姿を見られた時に相手から自分のことを忘れさせる一種の催眠術みたいだ。
町中の桜が散ったのも今回の件が原因らしい。
「で、麻由はこれからどうなるんだい。」
精霊の規則違反をした麻由、その彼女が今後どうなるか気がかりだった。
違反をしたからには何かの罰則を受けるのか、それとも元のさやに収まるのか。
「わかりません・・・・・・・・・・・・・今までこんなことはなかったみたいですから・・・・・・・・・。」
僕は麻由に何も言ってやれなかった。
何が言えるというのだろう、精霊の規則など僕には何もわからない。
もし精霊としていられるのなら、今度こそこの町に桜の花を咲かせてみせると麻由は言っていた。
僕と麻美が出来ることと言えば彼女の言葉を信じることしかなかった。
しばらく立って辺りもすでに真っ暗になった頃、麻由との本当の別れの時がやってきた。
「お兄さん・・・・・・・・・今までありがとうございました・・・・・・・・・・・・・
私・・・・・・・・・・・ずっと一緒にいたかったけれど・・・・・・・・・・・・・・二人のことずっと忘れません。」
麻由は僕の手を握った、そして麻美の方を向く。
「麻美さん・・・・・・・・お元気で・・・・・・・・・・・後、・・・・・・ごめんなさい。」
麻由は少し苦笑すると顔を僕の方へといきなりつきだした。
キス、感触はないが麻由は僕にキスをした。
一瞬頭の中が真っ白になる僕、そういえば人間だった麻由ともキスはしたことがなかった。
照れくさそうに顔を真っ赤にしている麻由、彼女の体が光り出す。
透けて見えた麻由の体が一段と透けていく、光が強くなり彼女が消えていくことがわかった。
「一緒にいられないのか?」
この言葉を麻由にかけようとした、しかしそれが無理な願いであることは今の状況を見れば明らかだった。
消えていく瞬間、笑顔で麻由は僕にこう言った。
「人間の頃の記憶はないけど、・・・・・・・・私あなたのことが大好きです。」
光となった彼女は空に舞い上がり小さな桜の花びらの形に散らばりながら消えていった。
それから三日後、僕と麻美は桜木公園にきている。
悲恋桜、もし麻由が精霊としていられるのなら彼女はこの木に宿るといっていた。
ここ三日間、この公園に麻由の様子を見に来ていた。
「花まだ咲いてませんね。」
麻美の言うように悲恋桜はまだ花を咲かせていなかった。
麻由が宿ると言った木はこの木だし他の桜の木は今年一度花を咲かせ散らせてしまった、
もし今花を咲かせるのならこの悲恋桜だろうと踏んできたのだが。
やはり麻由は精霊をやめたのかそれとも今年はもう無理なのか、どうなのかわからない。
「先輩ここにいてください・・・・私何か飲み物買ってきます。」
「麻美・・・・・・・。」
「はい?」
ジュースを買いに行こうとする彼女を僕は引き止めた。
「麻美・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今までごめんな・・・・・・・・・・・
今回はお前に迷惑かけっぱなしだった・・・・・・・・。」
「先輩・・・・・・・。」
僕は心から彼女に謝った、今回は麻美には本当に迷惑をかけた。
いやな思いをさせたにもかかわらず、何かと世話してくれたことに感謝している。
もし麻美がいなかったら、今回麻由のことでふんぎりがつかなかったかもしれない。
「ごめ・・・・・・・・・・・・。」
僕が謝ろうとすると麻美の指が僕の唇を押さえた。
「もう謝らなくてもいいです私気にしていませんから、姉さんに会うことが出来たしむしろ私、先輩に感謝してるんですから、
・・・・・・・・・・・・・・・・それに・・・・・・・。」
麻美は指を僕の口からはなすと、顔を僕の顔に近づけた。
彼女の唇が僕の唇をふさぐ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
「ばっ・・・・・・・・馬鹿・・・・・・お前人前で・・・・・・・・・・・。」
僕はあわてて辺りを見た・・・・・・・・・・・恥ずかしいというかなんていうか・・・・・・。
麻美は照れくさそうにほほえむと僕の腕を取り両腕を絡ませる。
「それに私も、先輩と同じ、好きな人には一生懸命なんですよ・・・。」
麻美の言葉がどこか照れくさい・・・・・・・・・そして嬉しかった。
暖かな風が吹き周りの桜の枝をふるわせる。
桜は散ってしまったけど春はまだ終わっていない、そう思ったときかすかにだが麻由を感じた。
感じたと言うより、彼女に声をかけられたという感じ。
ふと悲恋桜の方をむくと、麻由がこちらへほほえみながら悲恋桜の方へ消えていくのが見えた。
一瞬、ほんの一瞬だが確かに見えた。
麻美も驚いた顔で悲恋桜を見ている、どうやら彼女にも見えたらしい。
しばらく麻由が消えた方を見ていると目の前に何かが静かに落ちてきた。
それを手に取ってみてみる。
「なんだ・・・・・・・・・・・・桜の花びらか・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桜!?
僕は慌てて桜の木を見上げてみる。
「悲恋桜・・・・・・・・・・・・・・・・花を・・・・・・。」
僕の目に入ったのは満開に花を咲かせた悲恋桜の姿だった。
公園中から歓喜と驚きの声が聞こえる。
辺りを見渡すと悲恋桜だけではなく公園中、いやたぶん町中だろう桜の木が花を咲かせ始めていた。
悲恋桜を中心に勢いよく花を咲かせる桜たち、まるで早送りの映像みたいに辺りに花が咲き乱れていく。
「これが麻由の能力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「先輩!!」
「すごいよ麻美!!麻由すごい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕と麻美は嬉しくなり手をつなぎはしゃいだ。
麻由は元気だ、そう思うと嬉しくてしょうがなかった。
この日やっと僕は麻由を思い出の中にしまうことが出来たような気がした。
あのとき彼女からきいた告白、彼女は全て忘れていたがあの言葉で僕は満足していた。
いずれ他の誰かと一緒になり彼女のことを忘れるときが来ると思う。
しかし桜の花を見るたび麻由のことを思い出すと思う、いい思い出として。
この日二度目の開花を迎えた桜木町には暖かな風が優しく包み込んでいた。
終わり。