エスペラントってどんなことば? ――概観

まずは肌触り
もう少し肌触り
文字と発音


(寄り道:「英語にはない文字」の功罪)

まずは肌触り

 たとえば次のようなものが、エスペラントの文です。

日本語での意味
Mi amas vin. わたしはあなたが好きです。
Mi piede vizitadas mian lernejon. わたしは徒歩で学校に通っています。
Li nun legas libron. 彼はいま本を読んでいます。

 英語などヨーロッパのことば、「ローマ字で書き表すことば」を習っ たことのある人なら、上の例でなんとなく超おおまか(略すとちょーま か)な感触を持ってもらえるんじゃないかと思います(期待)。そうでな くとも、「あ、これは『ことば』だ」と思ってもらえると助かります (期待)。

 上の文をローマ字読みしてみてください。

  1. ミ アマス ヴィン (Mi amas vin)
  2. ミ ピエデ ヴィズィターダス ミアン レルネーヨン (Mi piede vizitadas mian lernejon)
  3. リ ヌン レガス リブロン (Li nun legas libron)

それが、だいたい、この言語の発音です。後で文字xを含んだ語が出て きますが、Cxは「チュ」、Gxは「ヂュ」、Uxは 「ゥ」といった感じで読んでください。

 もうちょっと肌触ってみましょう。

Mi dankas vin. -- ありがとう(あなたに感謝します)。
Cxu vi dormis bone? -- よく眠れましたか?
Hieraux sxi tro drinkis. -- ゆうべは彼女は飲み過ぎました。
Cxiumatene ni mangxas panon kaj supon. -- 毎朝私たちはパンとスープを食べます。
Cxu vi preferas kafon? -- コーヒーは好きですか?
Mi volas mangxi rostajxon. -- 焼肉が食べたいです。
Ni havas neniun viandon. -- 肉なんかありません。
Kian mangxajxon vi havas? -- どんな食べものがありますか。
Ni havas nenion kion vi mangxos. -- あなたが食べるようなものはありません。
Mi estas furioza. -- わたしは怒り狂っています。
Bonvole foriru frue el nia hejmo. -- 早くうちから出て行ってください。
Silentu. -- 黙れ。

 なんかヘンな方向に行ってしまったようです。もとい。

Mi estas knabo. -- わたしは少年です。
Mi estas knabino. -- わたしは少女です。
Kio estas tio? -- それは何ですか。
Tio estas plumo. -- それはペンです。
Cxu tio estas kajero? -- それは帳面(ノート)ですか。
Jes, tio estas kajero. -- はい、それは帳面です。
Cxu tio estas tablo? -- それは机ですか。
Ne, tio ne estas tablo. -- いいえ、それは机ではありません。
Cxu tio ne estas krajono? -- それは鉛筆じゃないんですか。
Ne, tio ne estas krajono. -- はい、それは鉛筆ではありません。
Birdo pikidas min sur la kapo. -- 鳥がわたしの頭をつついています。
Birdo pikidas mian kapon. -- 鳥がわたしの頭をつついています。
Birdo pikidas mian kapon, cxu ne? -- 鳥がわたしの頭をつついてるよね?
Knaboj ludas plezure. -- 男の子というのはは楽しく遊ぶものです。
De la fenestro, tri knabinoj trovigxas sub la granda arbo. --
  窓からは大きな木の下に少女が三人いるのが見えます。
Ne trovigxas tie tiuj knabinoj. -- そんな少女はいません。
Kiguchi Kohei neniam lasis sian trumpeton de sia busxo. --
  キグチ コヘイ ハ シンデモ クチカラ ラッパヲ ハナソウト
  シマセンデシタ。

 ますますヘンな方向に行ってしまったかも。

 大雑把に言って、エスペラントというのは次のように特徴づけられる かと思います。

  1. ローマ字(ラテン文字)で綴る。
  2. 分かち書きをする(語と語の間に空白を入れる)。
  3. 構文要素はヨーロッパ諸語(大雑把ですが)に似ている。
    形から見れば語、句、節……という構造を持っている(こりゃまぁどんな 言語だってそうでしょうが)。
    意味的には主語、述語、補語、目的語、修飾語……という要素があり、 それらを並べて文を作る(どんな言語もそうでしょうけど)。
  4. 品詞分類はヨーロッパ諸語(大雑把ですが)に似ている。 名詞、動詞、形容詞、副詞、接続詞、間投詞などがある。
    なんといっても前置詞、関係詞がある。
  5. 語彙はラテン語系(ロマンス語系)諸語――イタリア語、スペイン語、 フランス語などに似ているものが多い。

もう少し肌触り

*数

 数(nombro、ノンブロ)の表現は日本語に似ていなくもありません。上 の位から下に向かって読み下しつつ、位を示すことばを挟みます。詳し くは第3章の「数詞」で。

数値 読み 疑似的な発音
1 unu ウヌ
2 du ドゥ
3 tri トゥリ
4 kvar クヴァル
5 kvin クヴィン
6 ses セス
7 sep セプ
8 ok オク
9 naux ナゥ
10 dek デク
14 dek kvar デク クヴァル
36 tridek ses トゥリデク セス
107 cent sep ツェント セプ
564 kvincent sesdek kvar クヴィンツェント セスデク クヴァル
1000 mil ミル
1001 mil unu ミル ウヌ
1010 mil dek ミル デク
1081 mil okdek unu ミル オクデク ウヌ
1100 mil cent ミル ツェント
2000 dumil ドゥミル
2002 dumil du ドゥミル ドゥ
7493 sepmil kvarcent nauxdek tri セプミル クヴァルツェント ナゥデク トゥリ

 1000より大きい位に関してはヨーロッパ式で、1000の上が100万 (miliono、ミリオーノ)、その上が10億(miliardo、ミリアルド)と1000 倍単位になります。

*年号

 年(jaro、ヤーロ)の数え方、紀元については特に規定はなく、各国の 数え方を使うことができます。西暦(キリスト暦)が使われることが多 いようです。

 年号の読み方は数の読み方と同じで、上位桁から読み下します。年号 の前に"jaro"をつけるのが「正式」かと思いますが、省略することの方 が多いようです。下に西暦の年号と読み方を示します。

年号 読み
紀元前50年la (jaro) kvindek a.K.
紀元14年la (jaro) dek kvar p.K.
1192年la (jaro) mil cent nauxdek du
1976年la (jaro) mil nauxcent sepdek ses
2001年la (jaro) dumil unu

 各年号の先頭についている la は「定冠詞」というものです。その年 が暦の上でただひとつの年なので、laをつけて「ただひとつなんだぞ」 ということを示します。

 "a.K."はantaux Kristoの略で「キリストの前」の意味から「紀元前」、 "p.K."はpost Kristoの略で「キリストの後」の意味です。

*月の名前と日にちの表記

 月(monato、モナート)の名前はヨーロッパ的というかラテン的です。

一月 januaro 二月 febraro 三月 marto 四月 aprilo
五月 majo 六月 junio 七月 julio 八月 auxgusto
九月 septembro十月 oktobro 十一月novembro 十二月decembro

 エスペラント独自の暦というのはなく、一般的なグレゴリオ暦に従う ものと思われます(世界には実にさまざまな暦があるんです)。

 月日の表記は下のようになります。日(tago、ターゴ)は省略するのが 普通となっています。

月日 読み 意味
11月21日la dudek unua (tago) en novembro 11月の中の、21番目の日
11月21日la dudek unua (tago) novembre 上に同じ
今月3日la tria (tago) cxi-monate 今月の3番目の日

 一番目の例と二番目の例は同じ意味ですが、「11月の」を表すことば がen novembronovembreと異なっていることにご 注意ください。

 ところでグレゴリオ暦はかまわないのだけれど、上のjanuaro, feburuaro式の名前は明らかにラテン語系で、まぁ英語読みのJanuary, Februaryなどはわれわれも慣れ親しんでいるといえばそうなのですが、 微妙に異なっているところもあり、混乱するというのが筆者の率直な感 想です(同じ月を言うのに英語、フランス語、エスペラントで綴り、読 み、発音が異なるのも原因のひとつ)。その点、日本でのような「1月、 2月……」という数え方は特定の歴史や文化に依存しない《ユニバーサ ル》な命名法ですね。「第一の月」「第二の月」といった呼び方が普及 すればいいのになと思います。

*曜日の名前

 週(semajno、セマィノ)の曜日の名前もヨーロッパ的というかラテン 的です。

日曜dimancxo 月曜lundo 火曜mardo 水曜merkredo
木曜jxauxdo 金曜vendredo 土曜sabato

 曜日の名前も月の名前と同じく憶え辛くて困りますね。しかも曜日は 英語式と(おそらくは)ロマンス諸語式とでかなり違いがある。これも 「第一の曜日」みたいな呼び方ができるといいなと思ったんですが、週 の始まりが日曜なのか月曜なのかに統一見解がないのでは、無理です。 残念。

*時間の数え方

 時間(tempo、テンポ)や時刻(horo、ホーロ)の数え方は、フツウです。 フツウっていうのも変ですが。

数値 読み 意味
9時20分la nauxa (horo) kaj dudek (minutoj) 9番目の時刻と20分
14時30分 la dek kvara (horo) kaj tridek (minutoj) 14番目の時刻と30分
la dek kvara (horo) kaj duono 14番目の時刻と半分
19時50分 la dek nauxa kaj kvindek 19番目の時刻と50分
dek minutoj antaux la dudeka 20時の前の10分
20時10分 la dudeka kaj dek 20番目の時刻と10分
dek minutoj post la dudeka 20時の後の10分
午前10時la deka atm. 正午前の10番目の時刻
午後11時la dek unua ptm. 正午後の11番目の時刻

 時(horo), 分(minuto(j、ミヌート(ィ))は省略されることが多いです。

 atm. はantauxtagmeze(アンタゥタグメーゼ、「正午の前」で午前の 意)の略、ptm. はposttagmeze(ポストタグメーゼ、「正午の後」で午 後の意)の略です。

*国の名前、民族の名前

 国や民族(〜人、〜国人)を表す名前はちょっと統一を欠いていて、 ふたつの流儀があります。関連があるのかどうか判りませんが、ラテン 語も同じ流儀です。

  1. 民族(〜人)を表す名前が主。それをもとに国の名前(〜人の国) を作る。
  2. 国や地域を表す名前が主。それをもとに「そこの人」(〜人、〜国 人)の名前を作る。

 どの場合にどちらの方式なのかを定める一般化された規則はないよう に見えます。

 「××人」というとき、〈民族〉を指す場合と〈国籍〉を指す場合と あり得るかと思います。「民族=国」の場合は一番目の命名法でいいで しょうが、そうでない場合は二番目の方がふさわしいのかな、などと愚 考しています(厳密には「民族=国」は単民族国家にしか当てはまりま せんが、単民族国家なんて現代では探すのが難しい位ではないでしょう か、とするとどーすればいいのかなんて考えて知恵熱(^^) が出そうです)。

 下に例を示します。特に政治的配慮は含めていません。

1の種類の例
民族名意味国名(〜人の国)
japano日本人Japanio (japano + io)
koreo朝鮮人、韓国人Koreio (koreo + io)
cxino中国人Cxinio (cxino + io)
angloイギリス人Anglio (anglo + io)
francoフランス人Francio (franco + io)
2の種類の例
国名、地域名意味〜人
Filipinojフィリピン(群島) filipinano (filipino + ano)
Indonezioインドネシア indoneziano (indonezio + ano)
Iranoイランiranano (irano + ano)
Kanadoカナダkanadano (kanado + ano)
Usonoアメリカ合衆国usonano (usono + ano)

*挨拶

 挨拶の文句の例と、疑似的な発音を紹介します。 長音符号は強めに発音してください

挨拶言い方備考
やあ。Saluton.
サルートン
「ご挨拶」の意。万能の挨拶
おはよう。Bonan matenon.
ボーナン マテーノン
「よい朝を」の意
こんにちは。Bonan tagon.
ボーナン ターゴン
「よい日を」の意
こんばんは。Bonan vesperon.
ボーナン ヴェスペーロン
「よい晩を」の意
おやすみ。Bonan nokton.
ボーナン ノクトン
「よい夜を」の意
またね。Gxis revido.
ヂス レヴィード
「再会の時まで」の意
さようなら。Adiaux.
アディーアゥ
お元気ですかKiel vi fartas?
キーエル ヴィ ファルタス
「どのように過ごしていますか」の意
元気です。Mi fartas bone.
ミ ファルタス ボーネ
ありがとう。Dankon.
ダンコン
「感謝を差し上げます」の略
どういたしまして。Tute ne.
トゥッテ ネ
「何てことありません」の意
Ne dankinde.
ネ ダンキンデ
「感謝に値しません」の意
ごめんなさい。Pardonon.
パルドーノン
「お許しを願います」の略
気にしないで。Ne gravas.
ネ グラーヴァス
「大したことありません」の意

 「ありがとう」は前の方で "Mi dankas vin." という文も挙げました。 感謝に限らず、同じことを言うのにもさまざまな言い方があります。

文字と発音

*英語のアルファベットとの違い

 前章で述べたように、ローマ字(ラテン文字)を使って書き表します。 英語のアルファベットと全く同じではありません。英語のアルファベッ トからはQ, W, X, Yが取り除かれ、代わりに独自の文字が6つ含まれて います。差し引き2個増えて、合計28文字使います。

 独自の文字とは、「字上符」と呼ばれる記号を、C, G, H, J, S, Uの 各文字の上に被せた文字です。この字上符は、山型というかブーメラン 型の記号で、フランス語のアクサン・シルコンフレクス、日本語ローマ 字の長音記号に似ています。これらの文字は「英語のアルファベットに はない」という理由で、コンピューターで表示したり入力したりするに はちょっとした手間が必要です。

 現在のところ、この「のほほん」を始め筆者のつくるウェブページで は、一部のページを除きこれらの文字を直接お目にかけられません。代 わりに、「違うやり方でこれらの文字の代わりをする」という方法を用 います(その名も「代用表記」といいます)。つまり、字上符を被せる 代わりに、文字「x」を後ろに添えます。

 ということを踏まえて、エスペラントのアルファベットとその読みを 示します。 母音の場合、「名前」はそのまま発音でもあります。子音の場合、「名 前」はその文字の音に「o」をつけたものです(ただし、日本語の文字 でエスペラントの発音を正確に記すことはできないので、目安ていどに お考えください)。

 文字 名前  文字 名前  文字 名前  文字 名前
A, a G, g K, k S, s
B, b Gx, gxヂョ L, l Sx, sxショ
C, c ツォ H, h M, m T, t
Cx, cxチョ Hx, hx N, n U, u
D, d I, i O, o Ux, ux
E, e J, j P, p V, v ヴォ
F, f フォ Jx, jxジョ R, r Z, z

 文字については、本章末尾に「寄り道」 を記しました

*発音

 アルファベットの表に現れている母音と子音のみだけで発音します。 母音はa, e, i, o, uの5つで、他にはありません。子音もアルファベッ トに挙がっているもの以外はありません。ものすごく大雑把に言ってし まうと、「綴りをほぼローマ字読みしていい」という感じです。

 ただし、例によってLとRの区別、BとVの区別は難しいです。そのほか Gx(ヂュ)とJx(ジュ)とSx(シュ)の区別も難しいと言えば難しい。また、 気をつけるべき文字は J で、これは「ジャ」行の音ではなく「ヤ」行 の音です。j 単独では軽く「ィ」と発音するとよいようです。Uxは「ワ」 の[w] の音だそうです。軽く唇を丸めてふっと「ぅ」と言ってみる感じ でしょうか。J もUxも母音ではなく、子音です。

 エスペラントの文字と音との関係を要約すると下のようになるでしょ う。

  1. ひとつの文字がひとつの音を表す
  2. 文字にはひとつの決まった音が割り当てられており、どんな綴りの 中でも常に同じ発音をする
  3. 発音されない文字はない

 日本語でも、語によって同じ綴りでも発音が違うということがありま す。たとえば「阿寒湖」の「ん」と「新聞」の一個目の「ん」も発音が 違います(あれぇ、違いません?)。鼻濁音というものを使う地方では、 「がっこう」の「が」と「ちゅうがっこう」の「が」は発音が違います。

余談。筆者の生まれ育った地方には鼻濁音があり、とってもきれいな発 音だと信じていたのですが、つい最近、これは日本全域的なものではな く《方言》のようなものと知りました。鼻濁音は使われなくなる傾向に あるそうですが、絶やしてはならない、守らなければ(^^) と思いを新たにしたものです。

 エスペラントではこういうことはなく、綴りと読みが正確に一致しま す。これを称して「一字一音」というそうです。

*アクセント

 アクセントは〈強弱〉型で、綴り中で最後から2番目の母音にアクセ ントがあります。

 〈強弱〉型なんですが、概ね、長めに発音するとよいようです(すべ ての語でそうというわけでもありませんが)。 年(jaro)は「ロ」と「ヤ」にアクセントがありますが、実 際には「ヤーロ」と発音されます。

 次の表で、太字の部分がアクセントです。

読み 意味、訳
birdo るド 鳥(単数)
birdoj るドィ 鳥(複数)
libro ブろ 本(単数)
libroj ブろィ 本(複数)
mia amiko ア アミー わたしの友人(単数)
miaj amikoj アィ アミーコィ わたしの友人(複数)
mi havas libron ミ ハーヴァス ブろン わたしは本を持っています
pano kaj supo パーノ カィ スー パンとスープ
vi mangxis panon ヴィ ンヂス パーノン あなたはパンを食べました
japano パー 日本人
japana パー 日本人の、日本の、(日本語)
japanio ヤパニー 日本

 最後の「日本人(japano)」と「日本(Japanio)」の違いですが、単語 のうち最後から2番目の音節にアクセントがつきますから、語尾がつく ともとの語とアクセント位置が変わることがあります。

*記号類

 文字以外の記号類は、句読点の他は特に規定されていません。句点は ピリオド("."。punkto、プンクトといいます)、読点はカンマ(","。 komo、コーモといいます)を用います。

 引用符などは各国語でさまざまですが、それらをそのまま使ってよい ということになっています。

*語とは

 文字がいくつか寄り集まると、「語」というものになります。エスペ ラントでは語単位に分かち書きをしますが、逆に言うと、分かち書きさ れているひとまとまりの綴りが「語」です。もちろんでたらめに文字を 並べて語ができるわけではありません。すでに「これはエスペラントの 『語』である」と認定されたものが数万あります。すなわち辞書に載っ ている語です。ふつうは辞書に載っている語を適宜組み合わせて使いま す。

 辞書に載っている語から、一定の規則を適用して「新しい語」を創る ことができます。これを造語といいますが、エスペラントでは造語が規 則化されている、造語の規則が明示されています。ただ、新しい語を創 る場合というのは概ね「新しい意味」を表したい時です。新しい語が自 分の表したい「新しい意味」を表しているのだとほかの人が解釈してく れるかどうかは、使ってみないと判らないと思います。

 辞書も規則も無視してまったく新しい「語」を創ることだって、当然 できます。が、この場合は意味の解釈に対してもっと厳しい試練が待ち 受けているでしょう。

 この話題は第5章で取り上げます。

*エスペラントの語の特徴

 エスペラントの語彙の多くは、ラテン語(ロマンス語)系諸語――イ タリア語、スペイン語、フランス語など――に似ているそうです。ゲル マン系やケルト系の諸語に似た語彙もあるそうです。もっともロマンス 語諸語といえども各国語によって違いがある上、文字や発音にも違いが あるので、そっくり同じということはありません。

エスペラントの語と、似ているよそのことばの例
エスペラントの単語似ていることば
arbo arbre (仏)
busxo bouche (仏)
中心 centro centre (仏, 英)
魅惑的な cxarma charm (英)
狩る, 追う cxasi chase (英)
眠る dormi dormir (仏)
空, 天 cxielo ciel (仏)
甘い dolcxa dolce (伊)
ekzemplo example (英)
ノート kajero cahier (仏)
走る kuri courir (仏)
kvalito qualite' (仏)
静かな kvieta quiet (英)
食べる mangxi manger (仏)
混ぜる miksi mix (英)
天候 vetero weather (英)

 -qu-という綴りが-kv-という綴りに、-w-が-v-に、-x-が-ks-や-kz- に置き換わっているなど、ある種の対応づけが見られます。

*品詞

 語はそれぞれの意味や役割によっていくつかの仲間に分類できます。 この仲間のことを「品詞」といいます。分類の仕方は、言語によってさ まざまなんですが、エスペラントでの分類の方法はヨーロッパ諸語のそ れに近いようです。

仲間(品詞) 意味や役割
名詞 ものやことの名前を表す
動詞 動作や状態を表す
形容詞 名詞を修飾して、名詞を限定したり説明したりする
副詞 動詞を修飾して、動作や状態を限定したり説明したりするほか、
いろいろの働きをする
前置詞 後ろに名詞や副詞などを従えて形容詞句や副詞句を作り、名詞や
動詞を修飾するほか、語の「格」を示す
接続詞 文(節)と文(節)をつないで複雑な文をつくり出す
間投詞 驚き、哀しみ、怒りなど、話し手(発話者)の情動を表したり、
呼びかけの意を表したりする

 これらのうち、エスペラントをエスペラントたらしめている、という か、この言語においてとても重要な役割を担っているのはどうやら副詞 と前置詞らしい……という話は、いずれするかも知れません。

 冠詞というのもありますが、定冠詞がひとつしかないので上 の表からは割愛しました。

*名格と対格

 名詞と形容詞には名格対格というふたつの「格」が あり、語形の変化(格を示す語尾を付加する)で区別されます。

 「語」がいくつか集まると、「文」を形成します。

 語を勝手に並べれば自動的に文ができるわけではないことは、ほかの 自然言語と同じです。日本語で「わたしはあなたが好きです」と言いた いときに「あなたですが好きはわたし」と言っても意味が通じませんよ ね。(……生まれて初めての告白なら、上がりまくった挙げ句に言っちゃ うかも……そういう状況なら、相手も意味は判ってくれるかも(^^)

 およそどんな言語でも「正しい文」を作るためにはそのための規則が あるわけで、これを構文規則といいますが、エスペラントにもそれはあ ります。

*文の構造、なんて話には立ち入らない

 これもどんな言語でも概ね同じだと思いますが、エスペラント文にも 〈主語〉〈述語〉〈補語(主格補語?)〉〈目的語(直接補語)〉といっ た要素があります。というか、こうした要素を集めて〈文〉を構成しま す。

 こうした構文要素を指す用語は、各国語でそれぞれ異なるようです。 英語は英語で英語の文法を説明するための用語集を持っているし、フラ ンス語はフランス語で持っている。それぞれの言語で同じような役割を しているように見えるものでも、用語が違ったりしています。であれば、 エスペラントにはエスペラントの文法用語集があるんでしょうが、不勉 強にして知りません。ここでの文法用語は直観的、感覚的、大雑把 な使い方をしていて、厳密さを欠いていることを明記しておきます。

 エスペラントの文は、だいたい、次のような規則を持っているようです。

  1. 述語(動詞)が文の中心である。
  2. 述語の語形によって「時」(現在/過去/未来)や「相」(能動・受 動)や「法」(直説法、仮定法……)を示す。
  3. 多くの場合、述語(動詞)は主体を明示する必要がある。従って 主語と述語(動詞)が文の骨格をなす。
    Mi kuras. -- わたしは走る。
  4. 述語(動詞)がその作用の及ぶ対象を必要とするなら、文は目的語を 携える。
    Mi acxetis florojn. -- わたしは花を買った。
  5. 述語(動詞)が主体を叙述するものであるなら、文は補語を 携える。
    Mi estas sana. -- わたしは健康なのだ。
    Mi restos felicxa. -- わたしは幸せであり続けるだろう。
  6. 述語(動詞)がその作用の及ぶ対象を必要し、かつその対象の叙述も 伴うなら、文は目的語とその補語を携える。
    Mi trovis la florojn cxarmaj. -- わたしはその花をかわいらしいと思った。
  7. なお、述語(動詞)の中には主体を必要としないものがあり、そう いう述語はそれだけで文の骨格をなす。(無主語文)
    Temas pri la morgauxa vetero. -- 明日の天気が問題なんだ。
    Pluvos. -- 雨だろうね。

 けっきょく「文型」みたいなものを説明してしまいましたが、「文型」 に拘ることはありません。自分で書いたりしてみれば、自ずと「何かが 足りない」というのは判りますし、実際に使う時に「これはどの文型か」 なんてことを気にしたりはしないからです。それに文型の分類も確立し ているんだかいないんだかよく判らないし。7つほどの文型を挙げてい る本がありますが、7種類というのは分類としてはちょっと多いんじゃ ないかという気もします。

 注意しておくとすれば、英語のいわゆる「第4文型(授与動詞)」の ようなものはありません("I gave him a book" はダメで、"I gave a book to him"という言い方しかできない)。目的語として振舞えるのは 英語でいう〈直接目的語〉だけで、それ以外の文の要素の役割はすべて 前置詞をつけて示すことになります(この点、フランス語にちょいと似 ています)。

 てことは、前置詞(が導く句)というのは単に修飾語句をつくるだけ でなくて、文や述語にとっては必須の要素となることもあるんだな、と いうことが判ります。

 こうした話は 第2章第3章第4章、そして 第6章でそれぞれ取り上げます。

*内容から見た文の種類

 「内容から見た」というのは、いけない言い方かも知れませんが、文 がどんなことを表そうとしているのか、という観点から見ると、次のよ うな種類があります。

  1. 平叙文。話し手の見聞きしたこと、考えたり感じたりしている(し た)こと、過去のできごと、未来の予測などを述べる文。
    Birdo flugis. -- 鳥が飛んでいました。
    Mi estas malsata. -- 私は空腹なのです。
    Tiu estos bongusta. -- それはうまいだろう。
    Mi ne pensas tion. -- ぼくはそうは思わないけどね。
  2. 疑問文。話し手から聞き手に向かって問いかける文(話し手自身に 向かって、すなわち自問する時にも使う)。
    Kio flugis? -- 何が飛んでいたって?
    Cxu vi estas malsata? -- あなたは空腹なのですか?
    Kion vi mangxos? -- 何を食べるのだって?
    Cxu mi vere pensas tion? -- わたしはほんとうにそう思っているのか?
  3. 命令文。話し手から聞き手に向かって「命令」する文。といっても、 自分に対する「命令」であれば意志の表現になり、自分た ちに対する「命令」は勧誘になります。 逆に言えば、いわゆる「命令」は、二人称に対して「命令」するわけで、 それは当たり前のことだから主語を省略しているとも考えられます。
    Flugu. 飛べ。
    Mi mangxu tiun birdon. -- あの鳥を食べようっと。 (直訳:「わたしはあの鳥を食べろ」)
    Ni trinku teon. -- お茶にしようよ。 (直訳:「われわれはお茶を飲め」)
    (Vi) iru al lernejo. -- 学校に行け。
    では三人称に対する命令は?
    Li iru al lernejo. -- 彼を学校に行かせろ。

 いかがですか? そんなに恐ろしくもなければ変わってもいないとい うことを感じてもらえたでしょうか。

 興味を持てたなら、次の章に行きましょう。あ、その前に、よければ 寄り道もしましょう。

寄り道:「英語にはない文字」の功罪

 エスペラントのアルファベットが字上符つき文字6文字を含めた28文 字になっているのは、次のような事情からのようです。

  1. 「一字一音」を厳守したい。
  2. Q,W,X,Yは、各国語で発音が異なることが多い。また、使わない言 語もある。
  3. jは英語のような発音をするよりは[y]の音を表す国語の方が多い (ある文献からの孫引き)。
  4. たとえばフランス語では qu の組合せで [k] の音を表す。それな ら k に代表させればいい。という風に、使う文字を制限した。
  5. ヨーロッパ諸語を眺めてみて、一字で表すことが少ない音には、 新たに字を割り当てた。

 英語になじんでいるわれわれとしては、英語のアルファベット26文字 は「万国共通」と思いがちですが、ラテン文字を使う諸語全体の中では そうでもなく、つまり「英語のアルファベットが基本」というわけでは なく、逆に英語の方が「独特」と思えることもあるようです(ローマ字 というけれど、古代ローマで使われていた文字は23文字だったそうです)。

 文字集合というか「アルファベット」の制定は言語設計上の問題です から、論じるとすれば言語設計の観点から論じるべきでしょう。

 ただ、「コンピューターでの使用」を考えると、字上符つき文字が 少少切ないことになっている のは事実です(別にコンピューターでなくとも、印刷のことを考え ると切ないことは切ないのですが)。

 現在の一般的なコンピューター(ハードだけでなくて、OSも含む。以 下同様)はテキスト処理上ASCIIコードが圧倒的に有利であるような設 計になっています。ASCIIというのは「米国標準情報交換符号」のこと で、英数字と僅かの記号類以外は含まれていません。エスペラントの文 字のことなんか考えていないのです(フランス語のことももちろん考え ていないし、イギリス英語すら眼中にありません。ポンド記号(£)が ないんです)。

 筆者は当面代用表記でいいじゃんと割り切っていますが、「文字xは エスペラントの文字じゃないから紛れがない」と理由をつけても、あく まで〈代用〉でしかありません。どんな言語であれ、その言語のちゃん とした字を使えるのがいいに決まっています。

 しかし、コンピューター上でエスペラントを表示するためには多少な りとも手をかけてやらなければならないのが現状です。この点を捉えて、 「エスペラントはダメだ」 とか「字上符つき文字はいかん」と考える人たちもいるようです。

 世界の言語の状況全体をできるだけ客観的に眺めてみれば、「ASCII (と自国語の文字)だけで事足りる」と考える方がむしろおかしいと言 うべきです。OSの販売者は各国で「各国向けローカライス(地域化)版」 を売っていますが、ウェブで世界中のページを見ることができるように なった今、少なくとも表示に関しては完全にinternationalであるべき 筈で、OSには全言語の文字セットの書体を添付するべきでしょう(自社 製ウェブブラウザーを押しつけたいなら書体も無料添付しないと、片手 落ちってもんです)。

 コンピューターの利用に絡む文字や言語の問題は、このようにコンピュー ター(ハード)、OS、アプリケーションなどの問題も含むことがあるの で、取扱には注意が要ります。

 「独自の文字を使うからいけないんだ」と発言するのはかまいません が、どんな文字だって形成された当初は「独自の文字」でした。何が 「標準」で、何が「標準から外れた、独自のもの」なんでしょう。誰が それを「外れたもの」として排斥することができるんでしょうか(文字 のことには限りませんね)。

 ある文字集合が今の一般的なコンピューターで使えないなら、使える ようにコンピューターを変えていくべきなので、現在のコンピューター に合わせて使う文字を制限しようとすること、それでよしとすることは、 愚かな振舞と筆者には見えます。

 この問題は日本語にだって当てはまります。日本語で使われる文字 (一度でも何かしらの文献に現れた文字)は六万くらいあると言われま すが、現在の一般的なコンピューターで使えるのはその15分の1〜10分 の1程度でしかありません。99.9パーセントの人はそれで不満はないと しても、0.1パーセントの人にとっては今のコンピューターは「不十分 で不完全で不調法な機械」でしかなく、その人たちに「何をわがまま言っ ているんだ、6000文字じゃ足りないなんてどうかしてるぜ」ということ は誰にもできません。たぶん。

筆者などはさらに過激に「誰にだって独自の文字を創造する権利はある んだ」と言いたいくらいです(^^)

 ……というようなこと(今のコンピューターは問題だらけ)を明らか にするという点では、「独自の文字」を使ってくれていてよかったとも 言えるでしょう。こじつけかな? こじつけかも知れません。

(2001.04.03)
(2001.06.06: 加筆修正)
(2002.12.20: CSS対応、加筆修正)

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