36.高槻市萩谷寒天小屋分岐点の道標

↓末尾へ 文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。
高槻市萩谷 府道115号、関大北西600m、茨木市との市境の三叉路南部に北を正面に建つ
(寒天小屋は、旧府道46号の生保と車作の間の地名で、茨木市域の安威川沿いと思われる)
尖頭型五角柱 68x北面15.5x北西面10x西面13x南面24x東面13p(頂高3p)
N34.882298 E135.571249


写真eimg7911

写真eimg7912

写真eimg7913

写真eimg7916

写真eimg7918

北面
┌―――――――――――――――――――┐
│  車作               │
│左    道             │
│  妙見               │
└―――――――――――――――――――┘

北西面
┌―――――――――――――――――――┐
│右 萩谷道              │
└―――――――――――――――――――┘

西面
┌―――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘

南面
┌―――――――――――――――――――┐
│西之川原村              │
│ 施主藏人氏六            │
└―――――――――――――――――――┘

東面
┌―――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘


(『高槻の道しるべ』高槻市教育委員会発行、昭和58年刊では、77)
(同書には、妙見山などへの道で紹介されているように、茨木市の車作に出て、忍頂寺、上音羽、豊能町の余野に達す
 れば、妙見山も近い。現在では、その道を探すのも難しいが、明治の地図には里道の二番目である聯路として描かれ
 ており、それなりの道であったものと思われる。高槻市東部からの妙見山参詣道となるのであろう。
 逆に、茨木市からみれば、加峯山寺への参詣道として使われたように思われるが、案内されていない。東へは道なり
 に進めばよいのでその必要が無かった為かと思われる。
  因みに、この経路上で「加峯山」を案内する道標は、「茨木市忍頂寺249の道標1/2」で「柳谷」を案内するもの
 が、隣に建つ「茨木市忍頂寺249の道標2/2」であろう。
  次に、東から此処に続く道として、無くなった「塚脇の道標『高槻の道しるべ』76」は間違い無いところだが、
 「原821の道標」が、この地を指すかどうかであるが、一応、清坂峠を目指すとしたので北東域を除外すると、妙
 見山へ参詣する対象地域がほぼ限定されてくる。
 西国街道の「氷室の道標」二基が茨木市の妙見街道へ案内する為、この地を経由することはないと思われる。
 微妙な所が、三島江で船上がりをした人である。北、芥川沿いの加峯山道を選ぶか、西へ向かい富田経由で、茨木市
 市域の妙見道を選ぶか、どちらも距離に違いは無さそうだが、三島江の「道標」では西を案内している様で、横には
 「妙見常夜燈」もあり、明治に「富田街道」とされる道を、三島江から西へ鮎川、北に折れ富田を抜けて、この地を
 通り、萩谷から地獄谷峠、田能と続く道を、進むこととなる。富田街道の途中、西国街道を横切り、今塚古墳の西の
 氷室で西に分岐する、亀岡街道が、妙見街道とされるのでその辻で土室に西折れし、当道標地点を経由することはな
 い。
  依って、芥川よりの東の地域の人々が妙見山参詣に、この道を使ったと思われ、富田街道上のこの道標地点から、
 車作を通っている枝切街道に接続する、西への道を通行する需要は余り無かったのではないかと想像される。)
(現北面で「左車作」は東、或いは南東を示し完全に逆方向を示している。北西面の「右萩谷」も現府道を北西方向に
 進むと解釈するのは難しく、180度回転している様に思える。半回転して分岐点の北西部に置けば、左は北西車作の
 細い道を指し、右萩谷は、同じ北西だが現府道の方向を指し、五角形としたことが相応しくなる。(元位置であれば、
 高槻市、現位置なら茨木市か。)
  即ち元位置は車作への道の北側、府道との間に、半回転して置かれていたとし、近接移設とする。)
(西面の「西之川原村」は現在の、高槻市西之川原であろうが、「村」とあり明治の町村制で出来た村では無さそうな
 ので、天保国絵図にある、「服部村之内西河原村」とすれば、町村制(明治22(1889)年)以前の建立であろう。
 「道」をくずし字で書いている事等、奇抜な形状ではあるが、江戸時代のものと思うが如何であろうか。
  尚、「天保国絵図摂津国」は国立公文書館デジタルアーカイブで参照可能。)

写真eimg7904 写真eimg7908 写真eimg7926
【1.道標を北西に望む 【2.道標を南東に望む 【3.道標を南に望む
 右奥(北西)萩谷へ  奥、道なりに奈佐原へ  茨木市の自然道案内は
 正面、車作、妙見へ】  左手前、萩谷へ】  左・阿武山、右・竜仙の滝】

写真eimg7910 写真eimg7919 写真eimg7932
【4.道標を北西に望む 【5.道標の上部拡大 【6.道標を南に望む
 木で隧道に見える  下二辺が府道側を向く  車作への道から正対した
 道が車作、妙見へ】  左下辺が府道に並行】  「左右」が逆になっている】

写真eimg6774
【7.高槻中部の道標】
写真eimg6742
【8.高槻南部の道標】

【2021/5/23追記】
 断面が四角形で無いものは珍しく、「大阪市東住吉区針中野3の道標1」「芦屋市清水町9の道標」
 「茨木市安威墓地の道標」等を参照。
文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。 ↑先頭へ